2013年05月05日

春の夜嵐 昭和のおふさ(3)

常仙寺参道に建つ、絹市場火災殉難地蔵の台石に、「春の夜嵐 發行紀念」という文字が刻まれています。

ずっと気になっていました。

3年前、探したけれど見つからなかったものを、「群馬の紀ちゃん」さんのご厚意で、手にすることができました。

初版は、絹市場の惨事があった3カ月後の、昭和六年(1931)八月丗一日とあります。

著者の金柳亭幾之助という人物については、まだよく分からないのですが、本名は柳原幾太郎金古下宿の人だそうです。

文筆家であったのかあるいは、「春の夜嵐」を浪花節として語っていたということですから、芸人であったのか・・・。
また、この冊子の発行所が「一本木鑛泉 金柳亭」とありますので、湯屋か宿屋でも営んでいたのでしょうか。

では、金柳亭幾之助著「春の夜嵐」をご覧ください。

   金古の惨劇  春の夜嵐
                        金柳亭幾之助著
春の夜嵐出版の趣旨
本書を出版するに至りしは、純朴なる家庭の人々が、孝女おふさの映畫と聞き之を師表にせんと觀覽中の大惨事にて、誠に悼ましき限りと存じ、遭難者の靈を吊(とむら)ふべく『春の夜嵐』と題し第一版を發行したるも尚足らざるに付、茲(ここ)に其第二版を發行する所以に候。   謹白
             昭和六年九月
                      著者   金柳亭幾之助

【一】
昭和六とせは五月(さつき)のなかば
木々のこずへ(梢)の若みどり
枝より枝に鳴く鳥の
五月雨(さみだれ)烟(けむ)る其中に
香の煙は縷々(るる)として
昇るもあわれ、やけ跡に
たちしとうば(塔婆)の十と三ツ
あくる其日は若人の
悲しき別れの手向草

【二】
こゝに上州高崎の
東尋常小學生
昭和のおふさと世の人に
その孝行を讃へられ
未だ二年の生徒にて
父無き家に母親を
助けて共にいじらしく
貧しき中に弟妹を
養ふけなげな行を
いつか教えの師のきみが
知って忽ち世の人の
鏡となりし富澤ミエ子
日影の草にも花は咲く
時は來たりて高崎の
心ある人集まりて
是を世の爲、人の爲
廣く世上に知らさんと
映畫(えいが)に之をうつしけり
誠の道のありがたさ
冩眞はたちまち評判の
何處(いずく)へ行きてうつすとも
満員ならぬ事ぞなし

【三】
昭和六年五月は中の六日の日
上州金古絹市場
昭和おふさの映畫をば
上映いたす事となり
特に生徒に観せばやと
金古、國府に堤ヶ岡
清里村の小學生
皆受持ちの先生が
引率致して午前午后
晝間(ひるま)観覧致せしが
子供ごゝろにミエさんの
其孝行に感激し
家に歸えりて此話
無邪氣な子供の物語
夜にとなれば人々は
吾も吾もと連れだちて
急ぎ行きたる映冩塲
早くも滿員、立錐の
餘地なき程の其の中に
映畫はだんだん進みけり

【四】
時しも丁度十一時
機械はとまるその瞬間(とき)は
早やフイルムに火はうつり
パッと燃え出す映冩室
すは一大事と人々は
一度に立って大さわぎ
先を競ふて逃げ出だす
四方の戸をば押開き
漸く出づる其のうちに
小屋はたちまち火となりて
二階に居りし人々は
二階の窓より飛ぶもあり
逃げおくれたる人々を
助けて出だす人もあり
老いたる人をいたわりて
烟(けむり)の中をかいくぐり
ようやく救ふ者もあり
阿鼻叫喚の其の中に
天を焦して紅蓮のほのう(炎)
鳴る半鐘のそのひびき
ふせぎ働く消防手
殘りし人はあらざるかと
聲を限りに呼ぶ人や
別れて出でて名を呼んで
逢ふて互いに喜んで
手に手を取って泣く人や
又は一緒に來た人で
行衛(ゆくえ)の知れぬかなしさに
熱さも忘れうろうろと
さまよう姿のいたわしさ
時間もたちて火も消えて
灰の中より十三の
悲しき死骸の出たときは
泪に目さえ泣きはらし
あゝ一緒に映畫をば
観て居た人もわずかなる
時を經ぬれば魂は
はなれて遠き西の國
浄土にかへり給ひけり
死したる人の其の中の
桃井村のつよさんや
その妹のひで子さん
今年十五のフヂさんは
ともに揃ってきりょうよし(器量良し)
孝子(こうし)の冩眞見んものと
友と睦みて九人連れ
來たりし中の七人は
終(つい)に空しくなりにけり
金古の天田きよ子さん
又足門の繁さんも
花とみまごう美しさ
子供の時からお友達
共に手をとり八年間
學びの庭に生育し
丁度其夜も二人して
並んで楽しく見てゐたが
逃げおくれてか兩人は
共に抱きて最後まで
終(つい)にはかなく散りにけり

【五】
尚も哀れをとどめしは
翌日倒れし利人君
可愛い妹サダ江さん
隣の家の聖愛さん
其妹さんの映代さん
前の家の繁子さん
連れだち仲よく來たりしが
火事と見るより立ちあがり
さあ大變だ、皆來いよ
數多(あまた)の人と諸共に
外にと出でて見廻せば
續いて出でしと思ひしに
一人も居らぬに驚きて
あゝサダ江や映代さん
あの繁さんは如何(どう)してと
呼べど叫べど答えなし
今は吾身を打忘れ
最(も)一度入りて助けんと
再び火中に飛入りて
聲を限りに名を呼べど
何の答もあらざれば
はげしくふりくる火の中を
右に左に尋ねしも
今はせんかた盡(つ)きにけり
吾身は火炎に焼かるとも
連れ來りし人を助けんと
思ひし事も水の泡
終に全身火に焼かれ
窓より外に飛び出だし
殘りし人がありますと
言ふて其場に倒れけり
居合す人は驚きて
醫師の手當をうけさせる
早速前橋赤十字
連れて行たる甲斐もなく
惜しや若木の櫻花(さくらばな)
夜半(よわ)の嵐に散らしけり

【六】
全部合わせて十四人
此世は夢かまぼろしか
野邊の送りもしめやかに
香の烟は縷々として
焼けたる跡に十三の
塔婆と共に世の人の
寄せる泪の語り草
幾世經るとも盡きざらん

(終り)

惨劇の状況、人々の心情を、巧みな七五調で著した名文だと思います。

ところで、映画の題名「昭和のおふさ」「おふさ」とは、いったい誰なんでしょう?
次回は、「おふさ」さんについてお話しすることに致しましょう。





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