2013年02月06日

第3回 高崎五万石騒動義人祭

2月3日、高崎市東町にある「高崎五万石騒動義人堂」で行われた第3回義人祭に参加させて頂きました。

司会進行は、ブロ友のいちじんさんです。

りっぱな紋付羽織袴のいでたちは、五万石騒動を世に伝えた細野格城と髭の長さがほぼ同じになったからとのこと。
格城さんのお髭は、いちじんさんのブログからどうぞ。

翌日の2月4日は、大総代の柴崎村・高井喜三郎、下中居村・佐藤三喜蔵の二人が、この地で処刑された日です。

上毛新聞が、ちょうどその命日に義人祭の記事を掲載してくれました。

大総代辞世の句です。

 望みなき身は今日かぎり散りぬるも
    なゝたび生まれかなへてやみむ

佐藤三喜蔵 享年52歳

 吾人のためともなれと身をすてて
    いまいけにへとなりしうれしさ

高井喜三郎 享年42歳

三喜蔵喜三郎を救おうと岩鼻県庁へ願い出てそのまま捕われ、9月7日に処刑された、上小塙村の大総代・小島文治郎の辞世。
 人のため草葉のつゆと消ゆるとも
        名を後の世に残すうれしさ

小島文治郎 享年46歳

「義人堂」には、この騒動の暗雲と混濁をイメージさせるレリーフの、立派な石碑が建っています。

設計は、高崎の誇る工芸家・水原徳言(みはら・とくげん)氏です。

裏面の建設経過を見ると、なかなか大変なご苦労があったようです。

この日頂いた資料には、当時の商工会議所副会頭の吉野五郎氏が50万円を、碑石は永井石材店が寄贈したとあります。

たくさんの方々によって伝えられてきた郷土の歴史です。
「義人堂」の前に立ち、140年前の出来事を通して、世の行く末を考えてみるのもまた一興かと。


【高崎五万石騒動義人堂】





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この記事へのコメント
いつの世も、偉人、賢人、天才と後世になって
表現される方は、4,50才台で功を成す方が、
多いいですね、
そして、その当時は、批判、罵声を浴びて

私は、すでにトウがたちましたが
考え方、物の観かたを研鑽したいですね
Posted by wasada49  at 2013年02月07日 21:31
>wasada49さん

いやー、その年代を私は無為徒食に過ごしてしまいました(^^ゞ
いや、今もかな・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2013年02月07日 21:49
第3回の義人祭を紹介していただき
有り難うございます。
当日は、寒風の中
お出でいただき感謝申し上げます。
格城先生の写真にリンクしていただいたので
久しぶりに尊顔を拝見することができました。
来年は義人祭をもっと拡大して行う予定です。
よろしくお願い致します。
Posted by いちじん  at 2013年02月08日 23:37
>いちじんさん

義人祭、お疲れさまでした。

義人堂隣の猿田忠夫主従のお墓も、棕櫚の木が整理されて、よく見えるようになりましたね。
いずれも、時代の犠牲になった人たちです。

郷土の歴史を伝える五万石騒動研究会の皆さんに、敬意を表します。
来年も楽しみにしてます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2013年02月09日 09:19
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