2012年09月30日

上州中山道全七宿めぐり 参加報告(4)

3日目の続き、松井田宿からです。

篆書風の独特な書体で書かれた「森崎町住民センター」という標柱の向うに、お堂が見えます。
行ってみると、北向きの千手観音さまでした。

ドーンと圧倒されるような立派な建物。
旧松井田町商工会館です。
傍らに建つ大きな石碑は、福田赳夫元総理書の「吉田喜代司翁頌徳碑」
あー、あの「碓氷信用組合」の設立者が、初代商工会長だったんですね。
う~ん、水路に跨って建てられたお家。

昔は水の流れをお仕事にでも使っていたんでしょうか。
好奇心は募りますが、探求する時間のないのが残念です。
最近建てられたと思われる道標ですが、お洒落な書体が歴史ある建物と調和して、いい感じです。
松井田城主大道寺氏の菩提寺・補陀寺
この北方の山中に、松井田城があったそうです。
松井田城址の説明看板の文字には、仮名が振ってあります。
きっと、漢字の読めない児童でも郷土の歴史を知って欲しいという気持ちの表れなのでしょう。
すばらしい!
草むらの中に金属の看板が立っています。
近づいてみると、「一里塚跡」を示す看板でした。
高崎市教育委員会の皆さま、「倉賀野の一里塚」跡や「九蔵町の一里塚」跡にも、ぜひ立てて下さいな。

看板が一本立っているだけで、旅人は「へー、ここがねー。」と想像を膨らますことができるのです。
叩くと茶釜のような音がするという「茶釜石」
話には聞いていましたが、初めてその音を聞きました。
その後ろのお地蔵さまは、伝説の「夜泣き地蔵」だそうな。
碓氷峠熊野神社を分祀したという、碓氷神社

先を急ぐので、下から遥拝しただけで済ませてしまいました。
横川駅を過ぎたところで、山沿いの民家の屋根やベランダを、我が物顔で駆けまわる数匹。
しばらく見ていましたが、一向に去る気配なし。
中山道がいきなり東山道に。

向こうに見える大きなお屋敷は何でしょう。
横川茶屋本陣跡でした。
中を覗くと、どうやら現在もお住まいになっているようでした。
高崎では、こういう場合ほとんど非公開になっているので、とても驚きました。
碓氷関所跡の手前右側の崖上に、こんなところがありました。
ここが、古の東山道のようです。

「関長原関所」は、昌泰二年(899)に設けられた東山道の関所だそうです。
多くの防人たちがここを通ったのでしょう。
ようやく、坂本宿に入りました。

普通の民家ですが、その妻に施された牡丹の鏝絵(?)がとても素敵でした。
坂本宿には、このような由緒、伝説、歴史を紹介する看板がいたるところに設置されています。
昔の人は実に想像力が豊かですね。
観光立県・観光都市を目指すとき、想像力豊かにいろいろなものを結びつける昔の人の知恵が、とても参考になると思います。

坂本宿では、今、街道沿いに水路を整備する工事が進行中です。
この水路がない姿を想像すると、実に味気ない風景に思えます。
高崎も、かつて「遠構え」と呼ばれた水路を復活するだけで、潤いのあるいい雰囲気の町になると思いますが。
江戸時代から続く、お米屋さん。
店舗と精米工場の2棟を、平成二十一年(2009)に全面改修しました。
卯建(うだつ)は、この時に上げたものだそうです。
坂本宿の旅籠の風情を今に残す「かぎや」
中の様子は、風子さんが見ていますのでそちらをどうぞ。
「坂本宿の旅籠「かぎや」さん ♪」
一般民家の玄関に「たかさごや」という看板が掛かっています。
その「たかさごや」には、説明板のようなエピソードが残っているんですね。
一茶新町宿「高瀬屋」にも泊って、面白いエピソードを残しています。
ただ、その「高瀬屋」がどこだったのか・・・。

ちょっと気になる、「マロンカフェ」
「港屋」さんというのは、何屋さんだったんでしょうか。
松井田宿「みなとや」さんとは、関係あるのでしょうか。
やっとこ着きました!ゴール「峠の湯」
やっぱり、「お疲れ様でしたー!」と迎えてもらえるのはいいもんですね。
ま、できれば若・・・女・・・。
スタンプ3つ、集まりました!
3日間完歩したので(1日チャリでずるしちゃいましたが)、こんな可愛い特製招き猫ちゃんがもらえました。

なんだかんだと言いながら、けっこう楽しめました。
面白かったです。
スタッフの皆さん、企画・準備・実行と大変なご苦労だったと思います。
お疲れさまでした。
ありがとうございました!

これから中山道歩きを楽しみたいという方は、ぜひ、このリーフレットを入手してからお出かけになることをお勧めします。

安中市観光課と観光協会が作った「旧道日和」
とてもよくできたガイドブックで、読み物としても実に面白い内容です。

昭和五十年(1975)頃、高崎観光協会は「高崎の散歩道」という、全12巻の誇るべき「町歩きガイドブック」を作りました。
もちろんその中には、中山道歩きを楽しめる記事もたくさん載っています。
しかし、なんせ時が経ちすぎて、道はすっかり変わってしまいました。

高崎市観光課観光協会の皆さまにお願いです。
新町宿から高崎宿までの、高崎版「旧道日和」をぜひとも作りましょう。
作るにあたっては、一部の担当者と有識者だけでなく、広く市民を参加させてください。
市民が高崎の歴史を知り、高崎の魅力を知ることから、市民が誇るガイドブックができるのだと思います。

そのガイドブックを手に歩く観光客が、ひっきりなしに見られる日のくることを、楽しみにしております。





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Posted by 迷道院高崎 at 08:51
Comments(4)中山道
この記事へのコメント
この度もリンクを貼っていただき、有難うございます。
七宿めぐりの掲載、お疲れさまでした。
先日も坂本宿に用事があって出かけましたが、気になる場所がいろいろありました。
迷道院さんの記事でヘェー!というものも沢山見せて頂きましたので、手近な宿場から少しづつ歩いて見たくなりました。
宿場でもほとんど案内看板らしいものがないことが多い中で、坂本宿はあちこちに看板が立てられていて、旅人にはとても有難く、羨ましいと思いました。見習ってほしいですね。
Posted by 風子風子  at 2012年09月30日 13:28
旧松井田町商工会館は帝冠様式の建物みたいですね。当時の繁栄が偲ばれます。
最近、近代建築の遺構がどんどん失われていますので、残っているのを発見すると嬉しいです。
Posted by ふれあい街歩き  at 2012年09月30日 14:27
>風子さん

坂本宿は、本当に街道歩きの旅人には楽しいところですね。
立ち止まって見る所が多いので、坂道もそれほど苦にならない内
に、峠の湯まで着いてしまいました。
見るものが無く、只ひたすら歩くのはしんどいです。

立ち止まって見る場所を再発見して、「ヘェー!」と思わせるよう
な看板を立てることで、旅人は楽しく歩けるようになるんでしょうね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年09月30日 19:19
>ふれあい街歩きさん

あー、「帝冠様式」というんですか。
立派な建物です。

今こういう建物を建てようとすると、「無駄遣いだ!」
と言ってしまいそうな自分がいるんですが、70年という
時が経って分かる価値も、あるのかも知れませんね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2012年09月30日 19:31
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