丸山平八郎氏が丸ごと買い取った本丸跡地と異なり、二の丸跡地の方は切り売りされて大部分が桑畑になっていったようです。
丸山氏が本丸跡を公園用地として寄付した明治十八年(1885)、二の丸跡地には「上田監獄所」が建設されます。
現在の市立博物館の辺りだったそうです。
大正十二年(1923)になると、「上田監獄所」の近くに「上田市公会堂」(現・市民会館)が建設されますが、この頃から、二の丸跡地を市民公園にしようという動きが始まったようです。
上田市は昭和三年(1928)にかけて二の丸跡地の買上げを進め、「上田監獄所」も移転して、児童遊技場、庭球場、野球場、陸上競技場などの設置が行われていきます。
←大正末期から昭和二年頃の、「二の丸橋」改修工事の様子。
今、その「二の丸橋」を渡った信号の向こう側に、「上田市観光会館」があります。
1階がお土産屋さん、2階が無料休憩所になっています。
ちょっと歩き疲れたので、「お茶サービス」という文句に惹かれて、寄り込むことにしました。
2階へ行ってみて驚きました。
けっこう広いスペースに丸テーブルや椅子が置かれ、真田氏や上田城に関するディスプレイが展示されています。
その奥には観光案内所があって、訪れる人の相談に乗っていました。
←「おーっ!」と思ったのはこれ。
丸テーブルに、「上田城下の図」と「旧町名」の説明が書かれたシートが敷かれています。
他にも、「真田三代」や「真田十勇士」のテーブルもあります。
試着できる甲冑も置いてありました。
子どもや、外人さんは喜ぶでしょうねー。
←これは、ダイヤブロックで作られた「上田城東虎口櫓門」。
実によくできてます。
休憩所の大きな窓からは、上田城の「二の丸橋」と、色づき始めたケヤキ並木の遊歩道が見下ろせます。
無料で頂けるお茶も、信州らしく「そば茶」というこだわりようです。
こんなに楽しめる観光案内所って、そうはないんじゃないでしょうか。
そういえば、わが高崎市議会の9月定例会では、こんなやりとりがあったようです。
ああ、そうですか、あそこが最適ですか。
私は、市庁舎21階が最適だと思うのですが。
現代の高崎城天守閣から、城下町を一望できるんですから。
そこに高崎城下町のジオラマを置いて、現代の町と比較できるようにするんです。
充分な研修を受けたボランティア観光ガイドを置いて、町歩きプランの提案や、相談に乗って差し上げましょうよ。
ご希望があれば町歩きのご案内もすれば、きっと喜んで頂けるでしょう。
できれば、歴史資料館も併設したいものです。
観光客も市民も、ここへ来れば高崎のすべてが分かる。
そんな場所にしたいものです。
丸山氏が本丸跡を公園用地として寄付した明治十八年(1885)、二の丸跡地には「上田監獄所」が建設されます。
現在の市立博物館の辺りだったそうです。
大正十二年(1923)になると、「上田監獄所」の近くに「上田市公会堂」(現・市民会館)が建設されますが、この頃から、二の丸跡地を市民公園にしようという動きが始まったようです。
上田市は昭和三年(1928)にかけて二の丸跡地の買上げを進め、「上田監獄所」も移転して、児童遊技場、庭球場、野球場、陸上競技場などの設置が行われていきます。
←大正末期から昭和二年頃の、「二の丸橋」改修工事の様子。
今、その「二の丸橋」を渡った信号の向こう側に、「上田市観光会館」があります。
1階がお土産屋さん、2階が無料休憩所になっています。
ちょっと歩き疲れたので、「お茶サービス」という文句に惹かれて、寄り込むことにしました。
2階へ行ってみて驚きました。
けっこう広いスペースに丸テーブルや椅子が置かれ、真田氏や上田城に関するディスプレイが展示されています。
その奥には観光案内所があって、訪れる人の相談に乗っていました。
←「おーっ!」と思ったのはこれ。
丸テーブルに、「上田城下の図」と「旧町名」の説明が書かれたシートが敷かれています。
他にも、「真田三代」や「真田十勇士」のテーブルもあります。
試着できる甲冑も置いてありました。
子どもや、外人さんは喜ぶでしょうねー。
←これは、ダイヤブロックで作られた「上田城東虎口櫓門」。
実によくできてます。
休憩所の大きな窓からは、上田城の「二の丸橋」と、色づき始めたケヤキ並木の遊歩道が見下ろせます。
無料で頂けるお茶も、信州らしく「そば茶」というこだわりようです。
こんなに楽しめる観光案内所って、そうはないんじゃないでしょうか。
そういえば、わが高崎市議会の9月定例会では、こんなやりとりがあったようです。
質問: | 群馬の玄関口である高崎駅の総合案内所は、接客スペースや座る場所がない。案内所の充実について、どのように考えているか。 |
答弁: | ・・・駅中央改札口の正面に位置する現在の場所は、案内所としては最適であることや駅構内に移設できる適当な場所もないことから、拡充のための移設は難しいと考えている。(以下省略) |
ああ、そうですか、あそこが最適ですか。
私は、市庁舎21階が最適だと思うのですが。
現代の高崎城天守閣から、城下町を一望できるんですから。
そこに高崎城下町のジオラマを置いて、現代の町と比較できるようにするんです。
充分な研修を受けたボランティア観光ガイドを置いて、町歩きプランの提案や、相談に乗って差し上げましょうよ。
ご希望があれば町歩きのご案内もすれば、きっと喜んで頂けるでしょう。
できれば、歴史資料館も併設したいものです。
観光客も市民も、ここへ来れば高崎のすべてが分かる。
そんな場所にしたいものです。