2011年08月03日

奈良井宿へ行ってました

「おひさま」といえば奈良井宿、ということで行って参りました。

奈良井宿へ行ってました途中、何とも渋い建物が目に入りました。

お蕎麦屋さんか農産物直売所かと思いきや、これがなんと!中央本線贄川(にえかわ)駅でした。

奈良井宿へ行ってました


こちらは、贄川駅のトイレです。→

贄川駅は、昭和六十二年(1987)の国鉄民営化前に既に無人駅になっていたようですが、このトイレが今の姿に改修されたのは昨年だそうです。

塩尻の観光ガイドマップの表紙には「街道ロマン探訪の旅」とあり、中には「歴史と文化が交差する宿場町探訪」と書いてあります。
観光のコンセプトを歴史街道「木曽路」に絞って、それに相応しい沿線整備に力を入れているのでしょう。
これからの地方都市は、「歴史」をキーワードとした「観光」に力を入れることが大切だと思います。
そこに気付かないと、どんどん水を開けられてしまいそうな気がします。

奈良井宿へ行ってました贄川駅のちょっと先に贄川関所がありましたので、休憩も兼ねて見学をさせて頂きました。

奈良井宿へ行ってました





建物の風合いや石の載った屋根などを見ると、よく残しておいたものだなぁと思いましたが、実は昭和五十一年(1976)に復元したものだとか。

贄川関所は明治二年(1869)に閉所となり、その時に建物も取り壊されたようです。
立て看板によると、「明治九年の贄川村誌の『古関図』や寛文年間の『関所番所配置図』によリ現在の位置に復元した」とあります。
元あった場所は、いま線路になっている所だということです。

奈良井宿へ行ってました贄川宿にも寄り道したい衝動を必死にこらえて、奈良井宿へやってきました。

奈良井宿へ行ってました






グンブロガー・風子さんの記事を見て、一度見てみたいと思っていた「木曽の大橋」は、そりゃ素晴らしい橋でした。

この橋を見たら、誰でもきっとこのアングルから撮りたくなると思います。

奈良井宿へ行ってました「木曽の大橋」のすぐ傍にあるこの建物、小さな旅籠のような風情ですが、「檜乃香和家」(ひのきのかわや)と書いてあります。

「かわや(厠)」、トイレだったんですね。
すきだなぁ、こういうの。

奈良井宿へ行ってました水路にもなっている線路下の地下道を潜ると、奈良井宿の北の端に出ます。

そこに、贄川駅と同じ趣きの奈良井駅がありました。

いいなぁ。
奈良井宿へ行ってました
「おひさま」で、陽子真知子育子松本へ映画を見に行く時、待ち合わせの場所にしたという「二百地蔵」へ行ってみました。
奈良井宿へ行ってました


奈良井宿へ行ってましたお地蔵様が二百体並んでいるのかと思ったら、並んでいるのは観音像で、その場所が地蔵堂前だったということなんですね。

奈良井宿へ行ってました





下り路で、またこんなのを見つけました。

「音入」って書いてあります。
「おトイレ」なんでしょうね。

すきなんですってば、こういうの。

奈良井宿へ行ってました宿場はもう「おひさま」だらけです。

「おひさま」だらけの割には、雨傘を売ってるお店が多かったってのも面白いですが。

奈良井宿へ行ってました



しもた屋にも屋号の札が掛けられ、夫々の家がちょっと目を引くものを飾り付けていて、「あぁ、町がひとつになってるんだなぁ」と感じさせます。

奈良井宿へ行ってました
消火栓ボックスも、景観を壊さぬような配慮をしています。

ただ、「惜しいなー!」と思ったのがこれです。↓
奈良井宿へ行ってました



空き缶入れはちゃんと木箱になっているのに、自販機が・・・。
メーカーの気配りで茶色にでもしてくれたらよかったのになぁ、なんて。

奈良井宿へ行ってました「おひさま」で、飴屋・村上堂として使われた、元櫛問屋・中村利兵衛の家です。
天保八年(1837)の大火後に建築されたという、歴史ある建物です。

実はこの建物が、今の奈良井宿を整備するきっかけになったのだそうです。

昭和四十四年(1969)、中村邸の建物を川崎「日本民家園」へ移築するという話が持ち上がり、その問題を契機に地域住民の町並み保存に対する関心が高まって、重要伝統的建造物保存地区の選定を受けるまでになったというのです。

奈良井宿へ行ってましたこの素敵な町並みも、ただ昔の建物が残っていたから、というだけではなかったのですね。

その建物をスポットではなく、線にし、面にする努力がなければ町並みにはなりません。

奈良井宿へ行ってました





地域の人々の熱い思いがひとつにならなければ、朽ちて行くのをただ待つだけの町になってしまいます。
「奈良井宿保存委員会」発行のマップに書かれている最後の言葉が、なぜか妙に私の心に響きました。





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この記事へのコメント
拙ブログにリンクしていただき、ありがとうございます。
いつもながら、迷道院さんは奈良井宿でも独自の視点で観察しておられますね。目立たないところにもちょっとした遊び心が隠れていたり、旅人を楽しませたい気持ちが見えて、うれしいですね。
奈良井宿は、できればゆっくり滞在して、じっくり宿場の空気を感じたかったのですが・・・見られなかった場所は迷道院さんのブログで楽しませていただきました。
Posted by 風子  at 2011年08月03日 14:03
>風子さん

いつも勝手にリンクしちゃってすみません。

私も、もっとゆっくり味わいたいと思う宿場でした。
きっと、行く度に新しい発見があるんじゃないかと思って、次に行くのが楽しみになりました。

こういう、余韻の残る町っていいですよね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年08月03日 19:21
若い頃奈良井宿って
遠いので断念したことがありました
迷道院さんのブログで
いきたくなりました

元気になったら
Posted by キューピーキューピー  at 2011年08月03日 21:35
こんにちは こんばんは でしょうか?

「木曾路はすべて山の中である…」

島崎藤村さんは上手いこと表現しますよネ。
奈良井宿 良いですよネー

長屋の団子屋さんがトテモ懐かしいです。

家が少し傾いていたので、

「直さないんですか?」って伺ったら、

「長屋だから 勝手には直せないんですよ!」

ですって。

今のご時世では考えられない
「肝」と「歴史」が座った発言だと思いました。
Posted by はるなのフルーツはるなのフルーツ  at 2011年08月04日 00:34
>キューピーさん

確かに、遠かったです。
でも、あっちに引っかかりこっちに引っかかりしながらだったので、面白がってる内に着いちゃいました(^_^)

大丈夫、キューピーさんが回復するまで、奈良井宿はどこにも行かずに待ってますよ。
どうぞ、おだいじに。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年08月04日 09:28
>はるなのフルーツさん

はるなのフルーツさんならではのコメント、ありがとうございました!

木曽の宿場町を吹き抜ける風が、とても爽やかでした。
これからも、観光地化「しすぎない」、爽やかな町であってほしいと思います。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年08月04日 09:48
5月、6月と松本、上松へ・・・・
奈良井宿ですか、木曽福島の下請けさんと取引があった頃は何度か立ち寄りました。
で、上松ですけど十辺舎一九も立寄ったとかの越前屋蕎麦も2度ほど。
で、訪ねたのは木地職人さんの御宅ですけど、見事に過疎ですねぇ。
確かに風光明媚ですけど、暮らせと言われたら大変です。
木地職人さん、「高崎」、知りませんでした(笑)。
「日本て広いんだねぇ」ですって(^^ゞ
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2011年08月04日 17:33
>昭和24歳さん

おひさしぶりです!

長野にも高崎知られてませんでしたか。
北海道へ行った時は、「群馬県?」って言われてもそれほど気になりませんでしたが(^_^)

みのもんたに直訴して、もっとTVに来てもらいましょう。
変わった食べ物がなくちゃ、ダメかな?
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年08月04日 20:51
お久しぶりです。
さすがなルポに感動しきりです。
「音入」ってお洒落すぎるネーミングですね!
自販機とか看板や様々な表示については、たぶん各個で交渉できるとか?(あのコカ・コーラでも)

でも大塚食品のボンカレーやオロナミンCや菅公学生服とかの昔からあったホーロー看板はどうしましょうか?
Posted by 忠やん  at 2011年08月04日 23:45
>忠やんさん

お久しゅうございます!

そういえば、高崎駅前の自販機は「だるま」モードでしたよね。
遠野では、自販機用に格子戸の建物まで作ってました。
http://img01.gunmablog.net/usr/inkyo/mukasibanasi_mura_4.jpg?k=1276168193

ホーロー看板、そうですよねー。
ま、懐かしいから、いっか(^_^)...勝手
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年08月05日 07:34
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