2011年04月03日

鎌倉街道探訪記(21)

月は改まりましたが・・・。
悶々とした気持ちはなかなか改まりません。

大震災の前に書いておいたこの記事も、UPするのをためらっていましたが、ある方から、「とにかく我々は通常の生活を行うのが何よりの支援」というメールを頂戴し、それもそうかと、彼の地のことを心に留めつつUPすることに致しました。

前回の鎌倉街道探訪は下佐野まで進み、「川籠石」と「赤石」をご紹介しました。
今日は、その二つの石と合わせて「烏川三石」と呼ばれるもう一つの石、「聖石」(ひじりいし)のお話をしたいと思います。

「聖石町」「聖石橋」の名前の由来となった「聖石」ですが、今、聖石橋の上からそれを見つけるのは困難な状態です。

←分かるでしょうか?

橋の上からは見えないので、車がビュンビュン走る国道の端から見てみました。→

赤い鳥居と石碑がやっと見えますが、「聖石」そのものを見ることはできません。

←昔は、こんな立派な姿を、橋の上からも土手の上からも見ることができました。

上部に空いている丸い穴は、高瀬舟を繋ぎ止めるためのものだそうで、ここが、烏川最上流の河岸だったという証です。

昭和六年(1931)に、それまでの木橋からコンクリートの永久橋に架け替えられた「聖石橋」は片側一車線、車社会の現代では流石に狭いということで、平成十九年(2007)に拡幅されました。

完成した橋の欄干には、綺麗な御影石にエッチングのデザイン画が埋め込まれています。→

が、残念なことに「聖石」のある側には、「聖石」が描かれていません。
          ↓


「聖石」が描かれているのは、石とは反対の上流側の方です。






しかも、これが「聖石」という表記はなく、観音様との位置関係も実際とは逆になっています。

これはデザイン画であって案内図ではありませんから、位置関係を云々するのは野暮なんですが、知らない人は橋の上流側に「聖石」を探してしまうかも知れません。

しかも、しかも、しかも!
その上流側は、7億2千万円をかけて「高松かわまちづくり」とかいう親水公園の造成中で、川の中には何やらが並べられています。

いつの間にか、この石が「聖石」ということになりはせぬかと、心配になってしまいます。

「聖石」は、弘法大師が腰かけたので、その名が付いたとされています。
また、昭和六年の「聖石橋」架け替え工事は、昭和恐慌による「失業地獄を救え」というスローガンのもとに、多くの失業者を採用しての工事であったと聞きます。
橋の親柱にはその由緒や歴史をこそ、刻み記して欲しかったと思います。

もっと言えば、親水公園整備の一環として、「聖石」を橋から見えるようにして欲しかったなぁ、とも思います。

そして、高崎鎌倉街道とともに、「川籠石」「赤石」「聖石」「烏川三石」を、もう一度「高崎の名所」として復活させたいものです。


【聖石】






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Posted by 迷道院高崎 at 21:03
Comments(13)鎌倉街道
この記事へのコメント
お帰りなさい^^迷道院さん。

「聖石橋」という名前は以前から気になっていたのですが、ようやく納得いたしました。
また、弘法大師伝説は日本各地にありますね。

日本全体が“不安”という雲に覆われている感じですが・・・まだ生きていますので(笑)、前向きに考えたいです。
Posted by 風子  at 2011年04月03日 21:57
>風子さん

ただいまー!(^_^)

そうですね、前向きに、前向きにですね。
弘法大師ではありませんが、被災地の方々とは同行二人の気持ちで、いつも心に留めながら歩いていきたいです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年04月03日 22:34
聖石は上流に向かって、回転しながら移動すると言う話を聞いた記憶がありますが・・・。

今は停止状態ですが、かつてはもつと、下流にあつたとか・・。

でも、通常の生活も以前とは微妙に変質してしまっているんですね。

山名八幡宮に救援物資がゾクゾクと集まっているとか・・昔から神社はそういう機能の場であったし、今後もそうあるべきだとおもいます。
Posted by 捨蚕捨蚕  at 2011年04月04日 01:29
>捨蚕さん

えーっ、聖石って移動してるんですか!
さすが、聖と呼ばれるだけありますねー。

一説には、聖石と赤石と川籠石は根っこがつながってるとも。
ま、それはないでしょうが、それだけ昔の人は関心を以て接していたということですよね。

救援物資は、例の高キャラが現地まで届けてくれるんでしょうか。
ありがたいですね。

気になっているのは、高崎に避難してきている方々のことです。
何か困っていることはないんでしょうか。
あまり騒ぎたてずに、そっとしておいた方がいいんでしょうか。
よく分かりません。
ちょっと周りの人に聞いてみましょうかね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年04月04日 19:27
文化的素養の無い人間を選んできた高崎の不幸でしょう。

かといって、経済的に発展した訳でも無く・・・。

首が挿げ代わっても、こんな経済状況になってしまっては発展は難しいでしょうし、文化・観光の振興にはある程度の金は掛かるのですから、そっちも大変でしょう。

バブルの頃にしっかりやってもらえてればねェ・・・(その頃の市長さんがどなたかは存じませんが・・)
Posted by キレイズキ  at 2011年04月05日 07:27
>キレイズキさん

はい、まさに「その頃の市長さん」が6期の長き務めを終え、この度交替されます。

その前の市長さんも4期務めたので長かったのですが、「教育市長」と言われたほど教育には力を入れた人です。
文化遺産への造詣も深く、史蹟にはこの人の名を刻んだ碑が多く残っています。
そうそう、私が史蹟散歩をするきっかけになった「高崎の散歩道」も、この市長さんの時代に発行されています。

さて、次の市長さんの文化度や如何に。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年04月05日 19:50
事態の今後が
読めず不安な毎日です。

聖石橋と聖石の位置関係ですが、
もしかしたら、
昭和初期には
現在の橋より上流に
在ったと考えられませんか?

子供の頃、
「聖石は大水で
流されて今の位置にあるんだ」と
聴いた記憶があります。

記憶違いかも知れませんが
そうだとすれば、
昭和初期の絵は
そのことを表していると
思うのですが・・・

資料に当たってみたいです。

最近(3月30日)、自分たちにできることは
何だろうと考え、
「2011大震災支援コンサート」を
思い付きました。

具体化したら
ご協力をよろしくお願い致します。

基本計画

日 時 2011年7月2日(土)
    午後2時間くらい
会 場 群馬県総合公社ビルホール(前橋)
    定員300人
演奏者 ピアノ、チェロ、ソプラノ
Posted by いちじん  at 2011年04月06日 01:21
>いちじんさん

コンサートの経緯、いちじんさんのブログで拝見してました。
行動力溢れるいちじんさんらしい取り組みで、尊敬しております。
それにしても、県総合公社の使用料は高いですね!
しかも、前払いですか・・・。

聖石の位置の件ですが、下流に流されてきたということも考えられますね。
もともと石質は火成岩で、榛名か赤城の爆発時に泥流に乗って流れてきたと言われていますので。

ただ、「安政三年改正高崎宿地図」の龍広寺と聖石の位置をみると、現在の位置に近く描かれていますが。
http://img01.gunmablog.net/usr/inkyo/hijiriishi_ansei3.jpg?k=1302092709
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2011年04月06日 21:45
この鳥居のことが知りたくて検索したらこちらのサイトに辿り着きました疑問解決。ありがとうございました。私のフェイスブックにもリンクさせていただきました。
Posted by 花ちゃん  at 2015年02月17日 20:23
フェイスブックにリンクするには、やはりご本人の許可を取ってからの方がいいと思いました。迷道院高崎さん、よろしいですか?
Posted by 花ちゃん  at 2015年02月17日 20:31
>花ちゃんさん

「隠居の思ひつ記」へご訪問頂き、ありがとうございます!
リンクまでして頂けるとのこと、嬉しいです。
私の方からお願いしたいくらいですので、どうぞご自由にお使いください。

これからも、よろしくお願いいたします。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2015年02月18日 09:52
迷道院高崎様、ありがとうございます。フェイスブック、アップしました。
しかも、今日外出からの帰り道、聖石橋の交差点で信号待ち、目を凝らしたところ赤い鳥居を発見。草が枯れた時期だから見えたんでしょうね。昔の恋人に会った気分(笑)
また立ち寄ります。
Posted by 花ちゃん  at 2015年02月18日 18:36
>花ちゃんさん

赤い鳥居とご対面できたんですね。

あまり来て欲しくない台風ではあるのですが、川の水かさが増して、石の周りの草や砂が流されると、聖石本体も見えるようになります。

被害のない程度に川が増水するといいんですが。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2015年02月18日 21:58
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