2010年11月17日

鎌倉街道探訪記(6)

今回は、竜見町の崖上を通る鎌倉道です。

道祖神の四つ辻から薬師堂跡前の坂道を上って振り向いたところです。

で、今度は坂を下らずに左へ行きます。
曲ってすぐ、大きなケヤキの木の下を右に入ります。
その道は細く曲がりくねった、いかにも古の旅人が歩いたであろう面影を残す道です。

「鎌倉街道だ!」と、根拠もなく確信した瞬間です。
古の道は現代の家に阻まれ、道は逆「コ」の字に迂回してここに出ます。

井上保三郎翁の別邸・「観水園」があったのは、この辺だと推定しています。
確かこの先に、素敵な煉瓦倉蔵大正モダン風の家があったはずです。

ありました、ありました。どちらもまだ残っていてくれたことに、嬉しさが込み上げてきます。



田島桂男氏著「高崎町知るべ」によると、この竜見町は、江戸高崎藩邸に勤めていた藩士とその家族が、明治維新によって高崎へ引き上げてくることになり、藩がこの地を買収して藩士の為の住宅を作り、「和田郭」と呼んだそうです。
明治四年(1871)町名を付けるにあたり、高崎城の辰巳の方角(南東)にあたるので、縁起の良い字を当てて龍見町としたといいます。

烏川の河岸段丘上のこの地は、人間にとって暮らしやすかったのか、はるか古代から人々が生活していたようです。

この辺りから、形は弥生式土器で紋様は縄文という、全国的にも珍しい土器が発見されており、その名も「竜見町式土器」と命名されています。

同種の土器は、城南小校庭や競馬場の遺跡発掘でも発見されているそうです。

さて、先へ進みましょう。

前方には城南球場のスタンドとナイター照明が望めます。

崖上の鎌倉道は、細く真っ直ぐ続きます。
細道同士が交差しています。

真っ直ぐ進むのが鎌倉道でしょうが、ちょいと右の道へ曲ってみたくなりました。
これが、なかなかいい雰囲気の下り坂なんです。

もしかすると、これも鎌倉道の一つなのかもしれません。
坂を下りきった草むらの中に、いくつかの石仏がありました。

お地蔵様は頭が取れてしまったのか、石ころが乗せてありますが、赤いお掛けは真新しく、ちゃんとお水も供えてありました。

よく見ると、草むらの中にはいくつもの石仏が隠れていました。

そのひとつは、幼くして亡くなった子どもの供養でしょうか、「故信童子霊位」と刻まれたお地蔵様もあります。

明和三年(1766)とありますから、江戸の中頃です。

さて、また坂の上まで戻って出直しです。
やれやれ・・・。

【今日の散歩道】







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Posted by 迷道院高崎 at 07:54
Comments(8)鎌倉街道
この記事へのコメント
こんにちは

ここら辺は子供の頃遊び回っていたところなので、懐かしい様なでも新鮮なような光景です。

へび坂なんていうのもあったような?
Posted by 元氣が一番!元氣が一番!  at 2010年11月17日 08:50
>元氣が一番!さん

遊び場でしたかー!
路地が入り組んでて、坂道が多くて、崖もあったりで、楽しかったでしょうねー。

「へび坂」ですか。
蛇がいっぱいいたんでしょうか、それとも蛇がのたくったような形の坂なんでしょうか。
記事中の坂も、くねくねとのたくってましたよ。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月17日 09:18
この街道は
歩いたことが有りません。
小学校低学年の時
この辺りで牛乳を作っている所が有って
見学に行ったような気がするのですが
記憶が定かでは有りません。

この通りの1本東側に
チャイニーズレストラン
ファンが有ります。
美味しいので
食べに行くことがあります。
Posted by いちじん  at 2010年11月17日 10:10
迷道院隠士
またまたこのシリーズも力作ですね。
丁寧な取材と作り方で、読む方もプロットするのが楽しいです。
このあたりは、まず当方のような余所者が歩くなんてことはなさそうなエリアですね。
でもこういう形でご紹介していただくと、機会を作って歩いてみようか、という気になります。
いやはや、なんといっても隠士の地域掘り起しへの情熱ですね。
毎回、楽しみに読んでます。
  夢寅 拝
Posted by 夢寅  at 2010年11月17日 13:06
>いちじんさん

今は、一本東の道がメインですよね。

この道、観音山丘陵の眺めも良くて、散歩にはいい道です。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月17日 19:08
>夢寅さん

いつも励みになるお言葉、ありがとうございます!

鎌倉道、意外と楽しめてます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月17日 19:11
なるほど、あの辺の若松町や竜見町の崖上の街、なんとも風情がある所だったんですねー。
坂のある路地、大正ロマンの建物、静かな午後に深窓のお嬢様のピアノの練習する音が聞こえてきそうな。うーん、イメージから妄想が...。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年11月18日 19:35
>柏木沢の農家おじさん様

ははは、素敵な妄想ですな(^_^)

ひと昔、ふた昔前にはそうだったかも知れません。
今は、本当に静かな一角です。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月18日 20:14
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