2010年11月08日

岩鼻歴史遺産見学会 速報

11月7日の岩鼻歴史遺産見学会には、予想を超える10名の方が参加して下さいました。
詳報はまた後日書かせて頂こうと思いますが、取り急ぎ速報ということで。


県立歴史博物館手島仁先生が、岩鼻監獄の典獄・近藤清氏に関するお話をしてくれました。

近藤家に残されていた日記、手紙などを現在調査中とのことで、その一部を見せて頂きました。

どれもこれも、私にとっては耳新しいことばかりで、とても興味深くお話を聞くことができました。

手島先生のお話を聞いた後は、キレイズキさんや柳家紫文師匠の小学校担任でもあったという、高崎市史編纂専門委員の横倉興一先生のご案内で、「タヌキの通り道」を通って岩鼻代官所跡、観音寺を見学しました。

岩鼻代官所の成立ちや特殊性、初代代官の出自、火薬所が何故岩鼻に造られたかなど、興味深い話を沢山聞くことができました。


仕上げは、普段は見ることのできない岩鼻監獄跡・近藤家敷地内の見学です。

烏川に面した庭には、監獄内の堀跡の一部が残っています。

巷間、首切りをする時に罪人が手をついたという「おじぎ石」は、実は古墳の石棺の蓋であるとか、切った首を洗ったとか刀を洗ったとか言われている「洗い端」は、実は洗濯場だったとか、事実も分かって面白かったです。

ご説明を頂いた先生方、敷地内を見学させて頂いた近藤家の皆様、参加して頂いた皆様、本当にありがとうございました。
ご参加頂いた皆様に、「高崎って、面白いとこだったんだなー!」と思って頂けたら、幸いです。
いつかまた、このような機会が持てたらと思っております。
ありがとうございました!

《追記》2010/11/09
参加された方のブログ
   ◇「岩鼻監獄跡」(いちじんさん)
   ◇「群馬の森で、日向散歩猫。るん♪」他7件(夢寅さん)





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この記事へのコメント
大変お世話になりました。

当時の年金支給額決定書のようなものが印象的でした。明治の時代に、国が発行した文書に、平民と言う記載があると言うのは、ちょっと驚きでした。

岩鼻監獄は私が創造していた刑務所とはちょっと違う気がしました。罪人を懲戒の意味で隔離していた場所、というよりは、罪の軽い囚人たちが外で土木工事などで働いて怪我をしたり病気になったりした時に監獄へ戻ってきて医療を受けた場所、と言うイメージを持ちました。

監獄で亡くなった囚人がいることは事実ですので、「監獄で囚人をいじめ殺したわけじゃない」と主張するよりも、どこかに慰霊のためのお線香台などを作って獄中死した人たちの関係者の心を慰めることも必要なのではないかと思います。
Posted by ねね  at 2010年11月08日 09:43
隠士、この度の企画セッティング、誠にありがとうございました。
レクチャーいただいた先生方、ご見学を許してくださった近藤様に感謝。

お陰さまで小春日和の中、良い半日を過ごしました。

前橋に帰ってからは、午前とは打って変わり、地域の文化祭にフェイド・インし写真撮り、後片付け、反省会・・・と慌ただしい後半の日でした。

またまたの隠士の次なる仕掛けに期待しております。

  夢寅 拝
Posted by 夢寅  at 2010年11月08日 11:08
>ねねさん

お疲れさまでした!
日焼けは大丈夫でしたか?

いろいろ、驚きがありましたね。
私は、女囚が一緒に収監されていたということにびっくりでした。
しかも、監獄で出産までしていたというんですからね。

秩父事件の囚人の取り扱いについては、誤解を解く必要はあると思いますが、ねねさんの言うように、獄死者への慰霊の気持ちを形で表すことも必要かもしれませんね。
現代の刑務所では、どのようにしてるんでしょうか。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月08日 22:39
>夢寅さん

お忙しい中、都合を付けてのご参加、ありがとうございました。

皆さんのご協力を頂いて実施することができ、私も感謝の気持ちでいっぱいです。

また高崎の良さを感じてもらえる企画ができたら、ご迷惑を顧みずお誘いしたいと思います。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月08日 22:46
大変お世話になりました。

手島さんの
「てんごく」という言葉の説明
「てんはほうてんのてん、
ごくはかんごくのごく」を
受けても
漢字が想い浮かびませんでした。
家に帰って
辞書でやっと分かりました。
「典獄」刑務所長のこと。

近藤清氏は所長、
元治郎は受刑者、
西南の役で送られてきて
1年間元治郎と共に
過ごした鬼丸源作、
もしかしたら、
あの日誌の中に
二人に関する記録が
残されてるかも知れません。

研究成果の発表が
待たれます。

横倉先生、キレイズキさん
ありがとうございました。
Posted by いちじん  at 2010年11月09日 06:40
>いちじんさん

いちじんさんも午後に予定をお持ちだったんでしたね。
お忙しい中、ご参加ありがとうございました。

歴史の中に登場する人物をご先祖にお持ちの方々がご参加され、研究者のお話を聞いているということに、とても不思議な感覚を覚えました。

ここに至るまでのことを思い出しても、これは偶然じゃないなと、改めて感じています。

手島先生の研究結果の発表、楽しみですね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月09日 07:58
貴重な体験を有難うございました。
歴史に疎い身ですが、楽しめました。
故郷の事を知るのは楽しいですね♪
Posted by 蓮明蓮明  at 2010年11月09日 23:00
>蓮明さん

お疲れさまでした!
博物館では、お茶を入れて頂いてありがとうございました。
助かりました。

歴史散歩を楽しく思って頂けたら、それは嬉しいことです。
またこんな機会があったら、ぜひご参加くださいね!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月09日 23:50
みなさん、おつかれさまでした。
参加できなくて残念でした。

ちなみにこの写真のこの場所、ここが紫文達の秘密基地でした!
篠を集めて囲いをつくって…
ウ、ウ、ウ…、涙がでます…
Posted by 紫文  at 2010年11月10日 00:58
>紫文師匠

ここを秘密基地にして遊べたなんて、羨ましい!
写真で思い出して頂けて、よかったです。
参加できていたら、さらに感動して頂けたんでしょうけどね。

師匠も、これから年末・年始に向けて益々お忙しくなりますね。
お身体、ご自愛ください!

高崎へお帰りになれる時を、楽しみにしております。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月10日 07:47
紫文さん

そうそう、あの頃はこの池や、横の築山、外の畑で良く遊んだものでした。

桑畑が多かったから、桑の枝を刀にしたり、銀玉鉄砲で撃ち合ったりしたなァ。

懐かしい・・・

そうそう、新年早々、小学校の同窓会があるって・・・聞きましたか?

って、迷道院さん、ここで紫文さん宛ての私信を書いてしまってスイマセン。
Posted by キレイズキ  at 2010年11月11日 00:06
>キレイズキさん

どうぞ、どうぞ。

お二人の、腕白ぶりが良く分かりますよ。
そのまま、大きくなったような・・・。

同窓会に紫文さんが来るようなら、我々にも囲ませて頂けると嬉しいですね(^^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月11日 09:14
>キレイズキさん

>桑の枝を刀にしたり

そうでしたね。
東京でいろんな人にその話をしてのですが、だれも桑の木でチャンバラをしたという人がいませんでした。
群馬県だけなのでしょうかね?

同窓会はもちろん参加したいです。
が、一月の寄席の予定がまだでていません。


>迷道院高崎さま

>同窓会に紫文さんが来るようなら、我々にも囲ませて頂けると嬉しいですね(^^)

もちろん夜はそういう予定にしたいですね。
Posted by 紫文  at 2010年11月13日 02:53
>紫文師匠

楽しみにお待ちしてます!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年11月13日 08:05
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