2010年09月24日

本町今昔 蔵探し(5)

湯屋横丁から本町に出ると、道の向こう側に明治二十年(1887)創業の印店・述章堂(じゅっしょうどう)があります。

四代目の上原高洞さんは日本でも有名な篆刻の達人で、国内ばかりか世界的にも活動を広げています。

平成十六年(2004)に、水村園小見社長の声掛けによって、本町住民の手で作成された町歩きマップ「本町今昔散歩道」の題字は、上原さんの書です。

述章堂の2軒左隣が、安政四年(1857)創業の茶舗・水村園です。

水村園の土蔵群は、平成十二年
(2000)に「国登録有形文化財」となりましたが、蔵を残すための多額な修復費用は、全て水村園持ちだったそうです。

このことについて、小見社長は、こんなことを仰っていました。
「道に死にそうな人が倒れていたら、放っておけないだろう?
 僕にとって、この土蔵は死にそうな人だったんだよ。」


高いところから眺めてみると、水村園の右隣りに、ちょこっと蔵の屋根が見えます。

ここは、江戸時代創業の造り酒屋・旧近江屋小竿家です。
本町三丁目近江屋(現大塚酒店)とは縁続きで、小竿家を「カミンチ」(上の家)、大塚家を「シモンチ」(下の家)と呼んでいたそうです。

反対側の嘉多町・覚法寺側を眺めると、けっこう蔵が点在しているのが分かります。

こうやって見ると、高崎経済大学の高階勇輔先生が「高崎は、川越とは較べものにならない程の蔵の町だったんだよ。」と仰るのが、分かるような気がします。

本町一丁目の一番西に、平成二十一年(2009)古い蔵を利用してオープンした、惣菜店「もぎたて完熟屋」があります。

この蔵は、弘化三年(1846)創業の紙問屋・白木屋紙店のものでした。

昭和四十二年(1967)にできた問屋町へ店を移してからは、ご主人の住まいとして使っていましたが、それを借り受けて改修し、「もぎたて完熟屋」を開いたのは、倉渕町で釣り堀と水産加工業を営むカネト水産でした。

水産加工業のカネト水産がお惣菜屋さんを開いたことについて、社長の原寛さんはこう仰っています。
「完熟野菜はおいしいが、日持ちなどの問題で廃棄されることが多い。
 これまで廃棄されていた完熟野菜を有効利用することで、利用者に
 おいしい野菜を提供でき、その上、農家のサポートにもなる」


さらに、この蔵を利用したことについて、嬉しい言葉も。
「この場所に出会えてラッキーでした。本町界隈には老舗があって、
 蔵や寺なども残っています。まちの雰囲気づくりに貢献できて活性
 化に役立てれば嬉しいです」


1階はお惣菜とスイーツそして野菜の直販。
お洒落な2階は昼はランチと喫茶、夜は酒席として楽しめます。

 ◇高崎に「地産地消」の総菜店「完熟屋」-ふぞろい野菜の販売も
(高崎前橋経済新聞)
 ◇“もったいない”から生まれた話題の店  (高崎新聞)

 ◇中山道高崎宿の2つの「蔵」から生まれたスイーツです
(物産日記)


さて、これまで見てきた、本町に残る使われなくなった蔵や建物。
「もぎたて完熟屋」さんが、ひとつのモデルになるのではないでしょうか。

21日にオープンした田町「すもの食堂」
そして、本町「もぎたて完熟屋」
今は、離れた2つの点にしか過ぎませんが、その間に残る蔵や建物を活用して、点を繋げて線にできたら、こんな素晴らしいことはありません。

いつの日か、高崎を訪れた人たちが町なかのお店をのぞきのぞき、
「あれ、もうこんなところまで歩いてきちゃたよ。」
という声を聞きたいものです。

そんな日の来ることを、心待ちにしています。








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この記事へのコメント
蔵を残すために、空襲や大火や風水害、それに加えて補修や相続や道路拡張など幾多の困難を乗り越えて此処に蔵があるのですね。これって凄いことですし、維持に関わられた方のお力があったからこそと頭が下がる思いです。
これからも生きた蔵として残ってほしいです。そのための妙案は多分あるはずだと思います。貴記事を読み通してその光明が見えた気がします。


高崎 蔵マップがあったら面白いですね。非公開の蔵もあるのでいきさつを書いた説明板もほしいです。



あと、話は変わりますが、現在は本町に丁目がないのを地図を見ていて初めて気がつきました。本町○○番ではなんか気が抜けたような感じがします。
Posted by ふれあい街歩き  at 2010年09月24日 20:08
>ふれあい街歩きさん

生きた蔵!
そうですね!
年寄りの記憶と若者のアイデア・行動力で、
何とか生かしたいですね!

「蔵マップ」も欲しくなってきました。
今まで、こんなに残ってるとは知らなかった
ですから。
文中に出てくる「本町今昔散歩道」は、そんな
感じに出来上がってますよ。

丁目も復活したいですね。
幸い、信号には書かれてますから、みんなで
呼んでれば定着するのではないでしょうか。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月24日 22:38
述章堂さんですか。高崎にはすごい方がおられるのですねー!
水村園の小見社長のお言葉もジーンときます。何を保存するにも、先立つものが大変ですものね。
拝見していますと、蔵を利用したお店が少しづつ増えている様子で、よかったですね。もっと広がっていってほしいです。蔵マップ、見たい!欲しい!・・・です^^。
Posted by 風子  at 2010年09月25日 11:18
>風子さん

述章堂さん、私も今回の取材で初めて知った
ような訳でして(^^ゞ

高崎も捨てたもんじゃありません。
ただ、どうもPRが下手みたいですね。
いや、個人というよりも、PRすべき団体や
行政、メディアがもっと上手にならないと
いけないような気がします。

本町の散歩マップ、明日UPしてみますね(^^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月25日 19:08
旧街道好きの旦那の指導で以前、本町歩きました。高崎では大切な通りですよね。三国街道にもつながるし・・。確か、古い銭湯があったのが、最近止めてしまったそうで、旦那ががっかりしていました。
また、レポートよろしくお願いします。
Posted by kannonet  at 2010年09月25日 20:49
>kannonetさん

コメント、ありがとうございます!
最近は、駅周辺ばかり賑やかになって、
駅から遠い本町は歩いてる人が少なくて、
ちょっぴり寂しいです。

先日、kannonetさんがやられたフィールド
ワークの手法で街歩きをしたらどうかな、
と思ってます。

いつか、ご指導をお願い致します。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月25日 21:06
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