2010年09月20日

「すもの食堂」近々開店!

いよいよ、21日のオープンに向けて、急ピッチで工事が進められていました。







手書きの幟も初々しく、沢山の若者が汗を流していました。

旧・絹市場側に回って見ると、ほんとに沢山の若者が、嬉々として取り組んでいました。

金澤屋さんの七代目もいましたし、おそらく、皆さんプロの建築業の人達ではないと思うのですが、本当に一生懸命です。

心の底から嬉しくなりました!
怪我などせぬよう、頑張ってください!

駐車場へ戻る途中、夏だというのに青い毛糸の、先っちょに白い玉を付けた帽子をかぶった若者を見かけました。

見ていると、道に落ちているゴミを拾って、手にしたビニール袋に入れています。

これは、気になります。
急いで道路を横断して、声を掛けてみると、彼は高崎経済大学の学生さんなんだそうです。

首から下げたプラカードには、
「4700人の青いサンタが贈る Blue Santa Claus Project 」と書いてあります。

大学生たちの活動で、10月16日に100人を集めて、高崎の町のゴミ拾いをしてくれるんだそうです。

後でネットで調べてみたら、全国的な活動になっているんですね。
   ◇「Blue Santa Claus Project 」のHP

いやー、今どきの若者達、やるじゃないですか!
我々年寄りも何か行動を起こさないと、笑われてしまいそうです。

さあー、何をやりましょうかねー?

とりあえず、9月21日(火)「すもの食堂」オープンです!
そして、10月16日(土)「Blue Santa Claus Project 」開催です!

  高崎のがんばる若者達を、
           応援しに行こうじゃありませんか、みなさん!



【すもの食堂】





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この記事へのコメント
>いやー、今どきの若者達、やるじゃないですか!
>我々年寄りも何か行動を起こさないと、笑われてしまいそうです。

な~るほど・・・・・・

「今時の若者」っていうか経大生。

そういえば、昭和44年頃の「今時の若者」っていうか「バカ者」は経大の入り口をバリケードで封鎖して「帝国主義」がどうしたとかこうしたとか、ヘルメットに角某・・・・・
そんなやつがいたかと思えば、下手くそなジャズ研に、下手くそなフォークソングを歌ってたノンポリな連中。
それでも一升瓶を枕にすると「政治談議」。まあ、話せば「ゲバゲバ」連中よりは現実的。
で、「ゲバゲバ」がどこへ行ったかは知りませんが「ノンポリ」はチョイとした商社に就職したり、公務員になったり、大企業の総務課辺りに就職・・・・・
「綾小路きみまろ」じゃあないけれど、「あれから30年、いや、40年、定年退職で振り返れば可も不可もない平々凡々の人生。

じゃあ、今の「今時の若者」の30年、いや、40年後、その「Blue Santa Claus Project 」ってどんな敬老の日を迎えてるんでしょうか。

まあ、若者がっていうか「学生が世の中を変える」的現象はいつの時代にもあったわけです。60年安保の時も70年安保の時もですけど・・・・・
カワイソウに、ともに権力、反権力の出汁に使われちまって、勘違いからど壺にハマっちゃって望郷の念にかられている御仁も。

まあ、今の、「今時の若者」って、いい子ちゃんもいいけど、時に世の中っていうか権力者を困らせるようなMAVERICKの一人や二人いてもいいのではと思うんですけど、多くが石橋君です。まあ、ソレって親のせいかも。で、その親ってもう「団塊の世代」じゃあありません。高度成長期世代・・・・・・

「ゴレンジャー戦士」世代でしょうか(笑)。

まあ、因みに今わが家の戦士は「ゴセイジャー戦士」が地球を滅ぼそうとする悪と戦う正義の味方。まあ、あと20年もしないうちにそんな「ゴセイジャー世代」が“Blue Santa Claus Project”でしょうか・・・・・

「就職決まったか!!??? 」

「彼女はいるのか !!??? 」

とか言われながら(笑)。

俺らの時はイロイロいたけど「月光仮面」でしたけどねヒーローは。
まあ、その正義も、現実の前にはチョット怪しいもんでしたけど(笑)。

しかし俺って、素直じゃあねぇなぁ・・・・・

長くてゴメン。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2010年09月20日 12:45
>昭和24歳さん

まあ、振り返ればそうなんですけどね。
振り返らずに進めるのが、若さのいいところで。

ふと振り返ると、落として来ちゃったものが随分あります。
拾いに戻れないのが、何とも・・・。

後から来る若者が拾ってくれたら、
そりゃあ、嬉しいことです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月20日 19:27
昨日もボランティアの青年が大勢いて、日中長時間、日差しの中に立っているにもかかわらず、にこやかで感じが良く、今時の若者達も頑張っているなぁと感じました。

また、誰も見ていなくても黙々と社会奉仕をされている方はいるのではないでしょうか。そういう気持ちが尊いと思います。(気弱で行動を起こせないもので・・・)
Posted by 風子  at 2010年09月20日 22:30
やはりあれですね、迷道院様、「地産地消」。江戸時代の人々の食料は居住地の一里四方ですべて賄われていたといいますね。はるばる海外からこの群馬の内陸部まで新鮮なマグロを石油を使って運んで貰って賞味する。それはそれで有り難い世の中だけど、昔ここいらは海産物といえば時々トラックで来る行商の「身欠き鰊」だったものなあ。刺身など地域のご祝儀やお弔いの時近所の仕出し屋から取って食べるくらいだったなあ。
昔「風土と食」はその土地の文化と密接な関係があったんですよねえ。便利で多国籍化した食文化、でも今後の地球規模の人口爆発を考えるといつまでこの食の「砂上の楼閣」を享受できるのかなあ?農業って大切ですよね。
誠に恐縮ですが皆さんにも自覚して貰いたいなあ。
(またまた重たいコメントで住みません)
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年09月21日 05:34
>風子さん

世の中、見方によっては、尊い仕事ほど金銭的な報酬が少ないような気がします。
その分、金銭以外の報酬は多いのかもしれませんね。

最近では、それが両立できないかと、NPOとかソーシャルビジネスとかが動き始めたようですが、うまくいって欲しいと思ってます。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月21日 06:53
>柏木沢の農家おじさん様

人類が誕生して、世界中に拡散していったのも、すべて食のためですからね。
猿や熊が里に出没して、人間に被害が出るのもそうですし。

自分で食を作れない我々消費者が、真剣に考えなければいけませんね。
「すもの食堂」では、貸農園のお世話もしてくれるようです。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月21日 07:00
こんにちは!

いつも本当に素敵な記事をありがとうございます。ご挨拶がなかなか出来ずに申し訳ありません。

地域に必要なことは、自分の地域に誇りを持つことであり、誇りとはその地域だけの代替できない記憶であり物語であると思います。

迷道院高崎さまの取り上げていらっしゃる至宝の原稿の数々は、まさにその掛け替えのない俺たちのまちの記憶です。

記憶とは懐古主義的な話ではなく、おれたちの未来への確かな土台としての指針であると思います。

これからもどうぞこのまちの記憶を教えてください。ほんとうにありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by rdiimotmo  at 2010年09月21日 11:51
>rdiimotmo さん

こんにちは!
コメントありがとうございます。

>記憶とは懐古主義的な話ではなく、
>おれたちの未来への確かな土台としての
>指針であると思います。

嬉しいです!
かつて高崎を盛り上げようと行動した先人
達は、行政に頼るのではなく「よーし!
俺達で一丁やったるか!」
という心意気を持っていたと思います。

昔のことを調べれば調べるほど、そんな
ことが分かってきます。

皆さんの活動を見ていると、そんな先人達
と同じ心意気を感じます。

応援してます!
がんばって下さい!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月21日 18:45
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「すもの食堂」近々開店!
    コメント(8)