2010年09月12日

本町今昔 蔵探し(1)

高崎城下は、度重なる大火に見舞われたため、蔵造りにする商家が多かったといいます。
今、本町通りを車で通っても、はほとんど残っていないように見えます。
ところが、ゆっくり歩いてみると、驚くほど多くのが残っているのに驚きます。

ただ、昭和三十七年(1962)からの中山道の拡幅に伴い、通りに面した部分は取り壊したり、あるいは近代的な装いで覆ってしまったりしています。
左の写真も、屋根の上だけがぴょこんと顔を出していますが、明治三十三年(1900)創業の雑穀商・旧秋山商店です。

そんな訳で、本町通りを歩く時は、ぶつからないように前方に注意しつつ、道の反対側を見ていくのがコツです。

通りに面して人目を引く黒塗りの土蔵が、明治二十年(1887)創業の漆器商・旧山源漆器店の店蔵です。

明治十三年(1880)の大火、越前屋火事の後、越前屋が再建した店舗を譲り受けて創業したのが、初代・山田源右衛門でした。

源右衛門は、越前漆器の生産地・福井県鯖江市で漆関係の仕事を営んでいました。
主に漆の原液や柿渋などを東京に販売していましたが、戦後、建具や内装材の漆塗りや、漆器の修理を行っていました。
このは、道路拡幅に際し、曳き家をして残したものです。

本町通りのほとんどの家は、間口三間(5.5m)の「鰻の寝床」です。

家が無くなると、その跡はそくっと櫛の歯が抜けたようになって、「鰻の寝床」が姿を現します。

すると、その奥にある昔のも、その姿を現してくれるのです。

この蔵は、明治二十六年(1893)築造、大正十五年(1926)創業の菓子問屋・旧倉上商店のものです。

旧山源漆器店の隣に写っている店が、旧倉上商店です。

店舗は、呉服商・銀杏屋店蔵を譲り受けたもので、道路拡幅時にはやはり曳き屋をしています。

昭和三十二年(1957)、ここに名曲喫茶「あすなろ」が開店しました。

地下一階、木造二階建てで、石とタイル張りの洒落た外観だったそうです。
その頃であれば、見たことがあるはずですが、全く記憶に残っていません。

「あすなろ」は、多くの音楽愛好家、美術・文学愛好家たちのたまり場的存在でしたが、昭和三十八年(1963)道路拡幅によって鞘町に移転し、昭和五十七年(1982)には、ついに店を閉じます。
今、鞘町「あすなろ」跡は空き家のままですが、高崎の庶民文化施設として活用されることを祈っています。

この角を中央アーケード方向に曲がると、昭和十七年(1942)築造の海老原商店があります。

その佇まいは、町屋の形態をそのまま残す、風情ある建物です。

さて、本町三丁目の信号から、わずか一区間歩いただけで、こんなに長くなってしまいました。

この続きは、また次回ということに致しましょう。

(参考図書:「本町今昔物語」「中山道高崎宿史」「新編高崎市史」「本町今昔散歩道」)







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この記事へのコメント
間口三間、鰻の寝床。 
中庭のようなものがあつて、 
その奥に蔵があつて、  

迷道院さんの元の家の近くの、八百屋の秋山商店が親戚で子供のころ良く祖母といきました。

早々、雑穀商の秋山商店は確か、嘉多町の店の本家だとおもいます。
Posted by 捨蚕捨蚕  at 2010年09月12日 20:21
>捨蚕さん

え?あの八百屋の秋山さんがご親戚だったんですか?
年中行き来してましたよ。
こちらはテレビを見に、あちらのおばあちゃんは花札をしに。

本町の秋山商店が本家だったんですか。
これもまた、すごい繋がりですね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月12日 21:34
金歯をした”ぎんさん” 
粋な人でした。 
おじいさんは、コブのあるニコニコした人。
よく野菜を自転車の後ろに積んで、うちのおばあさんに届けてくれました。 
うちのおばあちやんの弟でした。 
仲の良い姉弟でしたよ。
Posted by 捨蚕捨蚕  at 2010年09月12日 22:55
旧山源漆器店の黒い土蔵、いつもあそこを通るたびに見てました。趣がありますよね。
いかにも番頭さんと丁稚どんが姿を現す様なかんじです。
歴史のある商都高崎を象徴する建物ですよね。
ところで迷道院様、時々このような建物や風景に「高崎市景観大賞」といったかなあ、そのような標注を見かけますが、この土蔵の前には建ってないのかなあ。この前は関越道の方の斉田の旧家のお堀の所で「標注」を見かけました。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年09月13日 05:27
>捨蚕さん

そうそう、おじさんも無口でしたがいい人でした。
よく、前の水路で芋の皮を剥いてたりしてました。
台風の後は、高崎神社の境内で銀杏を拾って、それも皮を剥いて店で売ってましたね(^^)

あぁ、思い出すなぁ、あの頃・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月13日 07:16
>柏木沢の農家おじさん様

山源漆器店も、「たかさき都市景観重要建築物」に指定されてますので、たしか標柱はあったと思います。

残念なのは、普段非公開ということですね。
町歩きをする人の、無料休憩所にでもできたらいいなぁ、と思うんですけど。
第三者の勝手な言い草ですよねm(__)m
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月13日 07:25
ほんとうに車に乗っていては駄目ですね。
町を歩いてみるといろいろな発見があります。

旧山源漆器店の黒い店蔵、いい雰囲気ですねー。
前を通り過ぎたことがあるような感じですが、ゆっくり歩いてみたいです。
こうして拝見しますと、高崎は趣のある建物が随分残っているのですね。また、地図を見ていると、地名からもいろいろと想像できて楽しいです。
高崎は近代的なものと時代を感じるものが共存する、魅力的な町ですね^^。
Posted by 風子  at 2010年09月13日 17:04
>風子さん

そうですね、見慣れたはずの町なのに、
歩いてみると、面白いものが見つかります。

高崎を「魅力ある町」と言って頂いて、
ありがとうございます!
いろんな立場の方たちが、そんな町になるように頑張ってくれてます。

まだまだこれからですが、期待して応援したいと思っています。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月13日 22:05
>八百屋の秋山商店が親戚で

って、アノ八百屋の秋山さんですか。
たしか背のデッカイ「カア坊」とかいう倅がいます。今「とりせん」に勤務してる。辞めたかも知れませんけど・・・・

捨蚕さんの親戚って???

実は僕の姉の亭主の姉さんが秋山さんに嫁いでいます。義兄の姉です。
豊岡の前村という所から嫁いでいるわけですけど。
もしそうだとしたら、僕と捨蚕さんもその秋山の八百屋さんを通じて遠い親戚???

ホントですか???
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2010年09月15日 14:02
>昭和24歳さん

「カア坊」?
名前は忘れましたが、いましたよ背の大きい子。

お姉さんのご主人のお姉さん?
じゃ、あの若奥さんがそうだったんかな。
やっぱり、気持ちの良い人でした。

へ~っ!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月15日 19:24
目の大きな、声の大きなトヨ子さんかな。
豊岡から嫁に来たと聞いてますが。 

カア坊でなくハア坊です。 

背の高い、目のおおきな・・・。 

戦前は大きく商売をしていたようですね、 
貨車で台湾から、バナナを仕入れていたとか。

共通の人を知っているって、おもしろいですね。

24歳さん、川井のシンちゃん知ってますか。高砂町の、岩田屋の。
 
Posted by 捨蚕捨蚕  at 2010年09月15日 22:44
>捨蚕さん

そうです!
トヨ子さんと言いました、思い出しました。

ハア坊、そうそう、私達はハアちゃんと呼んでたかもしれません。

ところで捨蚕さん、信乃輔さんのチケット、もう数枚しか残ってないようですけど、お求めになりましたか?
もしまだなら、お早めに。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年09月16日 00:35
そうでした、「カア坊」は同じ八百屋でも箱田くんちの弟でした(笑)。

「は~坊」でした。

川井のシンちゃん、たしか一コ↑ですよねぇ・・・・・
何度か遊んだ記憶があります。
っていうか、高砂町「上」はどちらかというと山の手、で、高砂町「下」は下町の趣でしたから、まあ、川原くんちなんかがそうです。おカネ持ちのハイソサエティ。アッパークラス。
まあ、下町、長屋がひしめき合う横丁とではなかなか・・・・・

でも、川井のシンチャンもお兄さんも親切な人でしたね。
まあ、同じ米屋でも、うちの近所の米屋と違って「品」がありましたから(笑)。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2010年09月16日 11:06
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