2010年07月14日

北の国から紫文さん

「紫文です~。」
電話の向こうから、我らが柳家紫文師匠の聞きなれた声です。

「あー、こんにちはー!どうしました?」
「今ねー、北海道の伊達に居るんですけど、
 すごいもの見つけちゃいましたよー!」

「えー?何ですかー?」
「あのねー、町並みがねー・・・」

北海道伊達市の新しく整備された町並みが、ちょっとした工夫で昔風の装いに統一されていて、すごい!
というので、わざわざ電話してきてくれたんです。
嬉しいですよね。
その街並みを見て、普段このブログでグジャグジャ言ってる私を、思い出して頂いたんですから。

そして、沢山の写真をメールで送って頂きました。
では早速、その写真をご覧いただきましょう。

素敵な街並みです
建物、街灯、歩道上の配電盤(?)も
デザインが統一されてます
電線は地中化されてます

市役所のゲートからして、これですから!
市役所前の
「北洋銀行」
その隣が
「北海道銀行」
「伊達農協」
見事なまでの統一感です

「だて歴史の杜」
「道の駅」だそうです
「びっくりドンキー」にびっくりです!
昔の建物を利用して使ってるんだそうです

心も通う和み小路「十勝乃長屋」
紫文師匠曰く、「屋台をつなげて長屋にしたもの。すごく良いです。」

「十勝乃長屋」の道を挟んだ向かいには、屋台村もあるそうです
写真は帯広屋台村だそうです
師匠が、屋台の主催者から頂いたという写真です


有珠山の麓にある人口3万7千人ほどの伊達市は、噴火や過疎化で、一時期は財政破綻の危機にありました。
危機を救ったのは、官民一体となって取り組んだ「町づくりプロジェクト」でした。
それが実を結び、今や定年後に移住したい街の上位にランキングされるようにまでなりました。

「北海道伊達市モデル この街は、なぜ元気なのか?」の著者・桐山秀樹氏によると、伊達市をこれほどまでに活気ある街にしたポイントは次の5つだそうです。

1.トップリーダー(市長)が覚悟を持って方向性をはっきりと示した。
「国の補助金にはもう頼れない」ということで、自立自助の覚悟を持った。移住者を増やす政策を優先課題とし、民間企業を巻き込んで挑戦している。
2.大義名分となる理論武装をした。
学者らを交えて「小都市とは生活サービス業」だと位置付け、顧客(市民)が満足すれば、新顧客(移住者)も増えると考えた。
3.使命感を持った旗振り役・応援団がいた。
地元の金融機関や商工会議所のリーダー達が、次世代のリーダーを育てようとしている。
4.業務の仕上げをする実務家(市役所の職員)がそろっていた。
プロジェクトを完遂させるためには、部門(業者)間の調整や、こまごまとした業務を仕上げられる実務家が欠かせない。伊達にはその人材がいた。
5.目的達成意欲が強く、チームワークがいい。
多くの都市で改革をしようとすると、最後は仲違いが起きて失敗するケースがほとんどである。この街の人達は、官も民も目的達成意欲が強く、一体となる風土がある。

伊達市のこの改革は、地域活性化の数少ない成功例として、「伊達市モデル」と呼ばれています。

桐山氏は、こうも言います。
「街の活性化」とは、新たな地場産業や名物を売り出すことではない。
その街に暮らす人々が本当の「生きがい」を持って、街づくりに協力し、住民全体で協力し合う。
それこそが真の活性化である。


手本は、あるんですね。
ただ、手本とするかどうか、行動するかどうか、そこが分かれ道のようです。

   ◇「伊達市のまちづくり」(北海道伊達市のHPより)

(参考図書:「北海道伊達市モデル この街は、なぜ元気なのか?」)





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この記事へのコメント
地方中小都市の経済活性化の良い見本でしょうね。

ただ、北海道でしょう?
昔、本当にこんな町並みだったのでしょうかねェ? 「昔からの町並みを模した」っていうがミエミエで少し鼻についてしまいますが(苦笑)。
建物の外観だけ昔風にすれば良いというものではないでしょうが、統一されたコンセプトの方が、方向性がはっきりしてよいのでしょう。
何十年か先には、この町並みが「伊達市の町並み」になる訳ですから。

ただ、観光客を呼び込むという意気込みは感じられますね。 これで、地元の人たちの対応がよければ、街を訪れる人も増えるでしょうね。

さて高崎について考えると・・・・。

1.は現時点では全然ダメですよねェ。 今の市長は、長期的な、地域全体の経済活性化なんてとても考えられるような方ではないでしょう。
外から見ていても、ここ10年ほどで高崎の経済(市の財政も)、急激に悪化していると思えます(彼自身の経済状況はとても良いのでしょうけれど)。

まあ、多選首長の悪いところだけ目立ってますよね。

町村合併よりやることは沢山あるでしょうに、全国市長会の会長までした彼には、一般の市長ではなく「中核市の市長」として終わりたいという思いしかないのでしょうから・・・。

3.井上工業もなくなってしまった現在、だれが地元の経済の旗振り役なのかは存じませんが、井上房一郎さんのような方がいらっしゃればねェ。

4.今の市の職員、特に幹部職員は現市長の腰巾着ばかりのようですから、首長が替わらない限りダメでしょうね。

5.上州人は結構気が短かったりしますから、余程人望の厚いカリスマの様な人が引っ張らないと難しいでしょうかねェ。

とにかく前途は多難なようで・・・・。
Posted by キレイズキ  at 2010年07月14日 13:34
市のHPに平成18年合併とありましたので、街並みが新しいことは納得しましたが・・・「へー、すごい・・・」としか言いようがありませんね。
人口37,000人で、この町づくりですか。わが市は、合併後で63,000人くらいですが・・・ため息が出るばかりです。
HPのタイトルに「北の湘南」とあるのが、ほほえましくもあり、意気込みも感じます^^。
Posted by 風子  at 2010年07月14日 15:28
そうですか、伊達ですか・・・・・

つまり、仙台伊達藩の落ち武者の街?

北海道はそういう所が多いです。

因みに、富山とか札幌のはずれには北広島市なんてえのもありますし。
明治維新でそういう武家さん喰いつめましたから結構開拓移民でした。
僕の友人にもルーツが福井県だとかの方も・・・・
結局、先住民食っちゃったわけですけど(笑)。
それにしても、北海道経済っていうか札幌経済、地場は最悪ですね。
僕の取引先も2店閉鎖っていうか破綻(笑)。デパートもご案内の通りです。
で、狸小路も「シャッター通り」ですか・・・・・

あれ、まだ、「北海道沖縄開発庁」なんかで税金垂れ流してるんでしたっけ・・・・・
夕張はどうしてるんでしょうか?
20年前に行った時は結構いし良かったでしたけど。

まあ、開拓移民の街ですから怒らせると始末悪いですね、北海道。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2010年07月14日 18:01
>キレイズキさん

私は、意外と2の「小都市とは生活サービス業」という大義名分が、カギだったんじゃないかと。

この理論武装を提案して伊達市民をその気にさせたのが、慶応大学経済学部の島田晴雄教授だったようです。

生活しやすい街になったことで、市民がすすんで街のいい所をPRするようになったそうです。
それが、移住者増につながり、移住した人がまた次の移住希望者にPRするという、よき連鎖が起きたようです。

自分の住む街を愛していなければ、心のこもったおもてなしはできませんよね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月14日 19:50
>風子さん

伊達市では、いわゆるコンパクトシティを目指して、「伊達物語回廊」と名付けた道路と町並み整備を行っています。

市役所前の通りは「歴史街道」と名付けて、白壁に瓦屋根と武家屋敷をイメージした、近代和風建築に。

その先には開拓時代をイメージした、赤煉瓦と三角屋根が共通デザインの「フロンティア街道」としたんだそうです。

キレイズキさんの仰るように、何十年か先には、この町並みが「伊達市の町並み」として定着するんでしょうね。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月14日 20:01
>昭和24歳さん

ご明察の通り、仙台の支藩である亘理(わたり)伊達家が戊辰戦争で官軍に対抗して減封・領地没収にあい、集団移住したという歴史があるようですね。

その地が、今、移住したい街上位になっているというのも、面白いことです。

高崎に移住したいという人はどのくらいいるのかなぁ。
天災の少ない、いい所だと思うんですが。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月14日 20:16
迷道院様、伊達市、人口3万数千人というコンパクトさが郷土愛っていうか小回りが利いているんでしょうか。丁度こちらでいえば合併前の渋川市くらいですね。
屋台村の写真、ノスタルジックでいいですね。
郷愁を感じますね。
高崎市は合併で名目上の人口は増えたけど、小回りの利かない恐竜みたいになっちゃったのかなあ。せめて旧市街地をこのような町並みに変えたいですね。
余談ですが紫文師匠、来週のNHKラジオ第一の「真打ち競演」に出演されるみたいです。楽しみです。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年07月15日 05:07
>柏木沢の農家おじさん様

なにごとも、丁度いい大きさってあるんでしょうね。

紫文師匠から帯広の屋台村の情報を頂きましたが、なんと!そこに高崎の恋文横丁のメンバーが視察に行っているらしいです。

そのメンバーのことを調べたら、高崎を宿場城下町として再生しようと頑張っていることも分かりました。
いやー、嬉しかったです!

もしかすると、小回りの利く恐竜が動き始めてるのかも!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月15日 07:09
まあ、恋文横丁ですけど・・・・・

酔い覚ましのつもりが呑み直しに2日続けていっちゃいましたけど、
「そば源」やってませんねぇ、たまたまだったんでしょうか?
それにしても初期投資から家賃等維持費バカにならないとかいってましたね亭主。

まあ、せっかくの善意のつもりが結果悲惨なことになったりしてっていう話はこの手ではよくあります。恵比寿の屋台横丁は流行ってるようですけど、恵比寿ですから(笑)。

まあ、行政も営業支援はしてると思うんですけど、「恋文横丁」の「地域通貨マネー」でも発行して2割くらいは行政がっくアップしたらどうかと思っちゃたりするわけです。
まあ、通貨名を「ダルマ」とかにして、1000ダルマ分で1200円分使えるとか・・・・

まあ、聞いた話ですけど、アソコの経営者のみなさん必死なようです。
Posted by 昭和24歳昭和24歳  at 2010年07月15日 19:03
>昭和24歳さん

私は下戸なのでよく分かんないんですが、お酒呑みの人には屋台で一杯というのは、いいもんなんでしょうね。

地域通貨って、結構面白いかも知れませんね。
消費税込みで、切りのいい数字にしたりするのは、どうでしょう?

横丁の経営者の皆さん、頑張って下さい!
え?つべこべ言わずに食べに来い?
はい・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月15日 20:50
>昭和24歳さま

恋文横町、むずかしいと思いますよ。

残念ながら、あそこに集まる楽しさを感じられません。
あの広い空間に漠然と店があっても…。

「屋台村」は店も人も肩を寄せ合って集まって、並んでいないと…。
恋文横町の屋台村は、イベントの屋台村のような作りで、常設の屋台村の空間、作りではないですね。

それと…、まあ色々あり、です。
Posted by 紫文  at 2010年07月16日 02:48
>紫文師匠

写真を沢山ありがとうございました!

恋文横丁、ちょっとイメージが違いますか?

意図したレイアウトかも知れませんが、店が千鳥に並んでいて見通しが利かないので、それが吉と出るか凶と出るかですね。

問題は、あの一角というよりも、街全体の調和感だと思いますが・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月16日 07:03
>それにしても初期投資から家賃等維持費バカにならないとかいってましたね

確かに家賃は高いですね。 聞いた話ですけれど、賃料8万+共益費2万で月10万だそうです。 入居時の保証金も100万って言ってたかな。 ハッキリ言って高すぎです。4坪として坪2万ですから(共益費を入れれば坪2.5万)。

都内の駅前のビルの賃貸料でも坪1.5~2万でしょう。
他の屋台村を参考にしたと言っているらしいですが、本当にそうでしょうか?

地域の発展を考えるなら、目先の儲けより事業の継続性を第一に考えるべきなんでしょうが、商工会議所の若い連中も市長と同じ金儲け第一主義になっちゃてるのかな?

ですから、店名は伏せますが、この中の中華料理屋の値段など屋台とは思えない高さですよ。何せ大して美味くもないギョーザが4個で400円ですから(どー考えても200円だろ?)。

その他も全体的に屋台としては値段設定が高目になってますね。

連雀町にも屋台村が出来るという話ですが、何店舗かは、そっちに移ろうかと言ってるようですよ。

まあ呑兵衛のキレイズキとしては、市内にそういったところがあれば、田町だろうが連雀町だろうがどちらでも良いのですが、今の恋文横丁は同じ町内なので、近くて便利なんです(笑)


>あの広い空間に漠然と店があっても…。

確かに屋台村といえば、小さな屋台が軒を連ねている、宇都宮の屋台横丁などがイメージされますし、実際いい感じですけれど、そういった既成のスタイルを踏襲する必要は必ずしもないように思えます。

恋文横丁は、店と店の空間にテーブルや縁台の様なものを、各店舗の責任で出して、どこの店からでも出前で料理や飲み物を取って、一度に色々なものが食べられるという、新しいコンセプトがあったようですよ。

ただし場所柄、店舗内でないと声が周辺に響くようで、近隣のマンションから騒音に対する苦情が出てしまい、今は当初意図した様には上手くいかない状態の様ですね。

少しずつでも屋台村の知名度上がれば、市外からも人が来てくれるかもしれませんし、人の流れが変われば、寂れた街も活気を取り戻してくるのではないかと期待しています。
Posted by キレイズキ  at 2010年07月16日 13:17
>キレイズキさん

そうですかー。
なかなか難しいですね。
確かに、商売として成り立たなければ継続は難しいでしょうし、かと言って安いというイメージの屋台で単価が高いというのもねー。

その連雀町にできるという屋台村と、価格競争になるってのも、またどうかなーと思うし・・・。

ここへ来なければ得られない何かがあれば、市外からの誘客もできるということですか。
昔の八間道路みたいに、毎晩、夜店でも出ればいいのになー。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月16日 20:32
保証金、賃料の高さがネックになっているのでしょう、まだ数件が空いたままになっていますし、今のところ新たな店舗開店の予定は立っていないようです。

私も、ある店のオーナーシェフにその話を聞くまで、賃料はせいぜい4~5万だと思っていたので(保証金は6ヶ月程度だと思いますよね)、1件借りて、人を雇って、半分趣味(道楽)で店を出してみようかと思っていたのですが、値段を聞いて諦めました。

あの家賃でやっていくのは本当にタイヘンみたいで、素材の良いものも、痛みの早いものは置けないので、出せる食材、料理も限られてしまって、魅力あるメニューも減ってしまうようです。

早く家賃を下げるなりなんなりしないと、皆撤退してしまうのではないかと心配になります。
Posted by キレイズキ  at 2010年07月16日 23:20
>キレイズキさん

なるほどー。
ご心配、ごもっともです。

屋台村を運営している方にも、いつかお会いしたいと思っているので、お話を聞いてみます。

高崎の街としては、久々にいい取り組みだと思っていますので、何とか発展させたいですよね。

また何かいいお知恵がありましたら、教えてください!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月17日 06:50
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