2010年06月27日

幸福になれる石段

グンブロガー蓮明さんの記事「清水寺の鐘」を拝見して、夕方に清水寺の石段を訪ねました。
「植樹1985 あじさい祭り 片岡中学校同窓会」という横断幕が、目を引きます。

諸説ある石段の数を数えながら上っていくと、夕刻ではありましたが、4、5組の人達と行きあいました。

仁王門に、「あじさいのご感想をお書き下さい」という、ノートと鉛筆が下げられていました。

見ると、皆さん結構書いて下さっているのですね。

どうせなら「あじさい祈願帳」とでもして、願いごとと住所・氏名を書いてもらうようにすると、来訪者の数や、何処から来た人かが分かって、いいのではないかと思いました。
そして、あじさい祭りが終わった後、清水寺に奉納・祈願して差し上げるのです。
このことが伝わっていけば、年々、来訪者が増えていくのではないでしょうか。
新しく出来た鐘のある本堂前まで、石段の数は521段でした。

実は、石段の数には諸説あって、536段説、518段説、520段説があります。
今日のカウントによると(1段数え間違えたかもしれません)、520段説が正しいようです。

いつかまた数えたいと思います。(帰りに数え忘れちゃいましたので・・・)

清水寺の舞台に上がると、心地よい風が吹いていて、汗を引っ込めてくれます。

欲を言えば、舞台下の樹の丈を少し詰めて、もっと高崎の町が一望できるようにしたいものです。
そうすれば、下の道からも赤い舞台が見えるようになって、今よりも「石段ルート」を利用してもらえるようになると思うのです。

因みに、この舞台に上がる階段の数、9段なんです!

なぜそんなに力を入れるかというと、ほら、520+9=529(こーふく:幸福)じゃないですか!
ここまで上がってこられるというのは、幸福なことなんですよ!
それだけじゃありませんよ。
本堂に上がるのも、同じ529段になるんです。
「幸福になれる石段」と名付けてもいいくらいです。

舞台で涼みながら、そんなことを考えていると、何処からともなく暮れ六つの鐘の音が聞こえてきました。
しかし、一向にここの鐘をつきに来るようすがありません。
そこへ、ご住職が本堂の扉を閉めにお見えになったので、聞いてみました。
「この鐘は、いつ撞くんですか?」
「別に、決まってはいない。」
「え?決まった時刻に撞くんじゃないんですか?」
「そう。」

ここで引き下がる訳にはいきません。
「撞いているところの写真を撮らせてもらいたかったんですが・・・」
「この格好じゃなぁ・・・。」
と言いながらもご住職、木槌を持って来て下さいました。

「撞くというより、叩くというんだけどね。」

カーン、カーン、カン、カン、カン、カン、カーン・・・とても澄んだいい音色でした。

ご住職のお話では、この鐘は「梵鐘」よりも小さいので、「半鐘」というそうです。
そして、「梵鐘」時の鐘だけれど、「半鐘」合図の鐘だということなんです。

寺院では、僧の着替えとか、儀式とかの始まりの合図に叩くそうです。
「この鐘を叩いて、いい音色を出すには、その人の素質にも拠るけど、十年くらいかかる。」と、ご住職は言います。
「半鐘は、楽器なんだよ。鐘の善し悪しと、叩く木槌の善し悪しと、叩く人の善し悪しが出るから、なかなか難しんだ。一生掛かっても、本当にいい音を出せるかどうか。」なんだとか。

ところで、と、ご住職に清水寺の石段の数についてお尋ねしてみました。
すると、
昭和十一年(1936)に白衣大観音が出来るまでは、536段だった。
その時、本堂の下に道が出来たので、18段減って518段になった。
その後、道と石段のバランスが悪かったので、2段増やして520段になり、現在に至っている。
というお話でした。

これからは、この石段のことを、「幸福になれる石段」と呼ぼうではありませんか、みなさん!

【幸福になれる石段】





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Posted by 迷道院高崎 at 23:27
Comments(10)観音山
この記事へのコメント
半鐘ですか、、、全体にピカピカなのを見ると最近設置されたのでしょうかねぇ。このところ行ってないので、はじめて見ました。
樹が多くて舞台からの眺めがイマイチなのは、以前に私も感じていましたので、迷道院さんのご意見に同感です!

「幸福になれる石段」いいネーミングですね!
さっそく行ってみなきゃ・・・^^。
Posted by 風子  at 2010年06月28日 08:39
>風子さん

はい、つい最近、落成のようです。
立派な造りですよ。

「石段ルート」を利用する人が増えてくれば、舞台からの眺めも整備してもらえるんじゃないでしょうか。
「幸福になる石段」、広めたいです!
ご協力、お願いしまーす!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月28日 09:00
迷道院様、石段520段ご苦労様です。やはり健脚がなによりです。でも少しきつくはなかったですか?
さて「半鐘」といえば村はずれの「火の見やぐら」です。今はもう圃場整備の時に撤去されてしまいましたが、私が幼少の時、「火の見」はその勇姿をとどめていて、無断で登っては近所のおじさんにこっぴどく怒られていた記憶があります。当時から「○○と煙は高い所が好き」という少年だったみたいです。
でもあの「火の見やぐら」のてっぺんから見た村全体や高崎の遠景が今も懐かしく脳裏をよぎります。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年06月28日 18:09
>柏木沢の農家おじさん様

520段なんですが、不思議なもので、夢中で数を数えていると、あっという間に着いちゃうんですよ。
富士山を「六根清浄」と唱えながら登るといいますが、その意味が分かるような気がします。

子どもの頃は、近所のおじさんにおっつぁれる位でいいんでしょうね。
最近は、うっかり近所の子をおっつぁると、後が怖いです。
それは、子どもにとっても不幸なことなんでしょうが・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月28日 22:23
そうですねー、迷道様、昔はよく近所に必ず怖いおじさんがいて自分の子供も隣の子供も分け隔てなく良く「おっつあれ」ましたよね。
今の子供は私の子供も含め怒られる事をしらないですね。小学校や中学校の頃なんて体罰あたりまえで先生からビンタなんかよく食らいましたよ。今は教育委員会が怖くて先生達は萎縮してしまっているのが良くないです。
迷道院様も私も近頃、絶滅危惧種になってしまった「近所のがんこじじい」を目指しましょう。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年06月29日 05:35
>柏木沢の農家おじさん様

最近は、「がんこじじい」と「キレるじじい」の区別が難しくなってきましたね(^^)

可愛らしい子どもに笑顔で話しかけても、「知らないおじさんが、ニヤニヤしながら声を掛けてきた。」と言われちゃいそうで・・・。

難しい世の中になってきました。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月29日 08:40
清水寺。
最後にお参りしたのはいつのことでしょうかねェ。

高校を卒業して高崎を出てからウン十年、高崎で暮らしていた時間より東京で暮らした年月の方がずっと永くなってしまいました。

ここ2年程、仕事の関係もあって、週に1~2回高崎に行っていますが、市内も随分変わってしまいましたね。

でも時々、妙に観音山が懐かしくなり、白衣観音を見に行くようになりました。 
歳のせいなのか、高校が観音山の麓、護国神社の隣だったこともあり、マラソン大会の練習で体育の時間に観音山を走ってたからでしょうか、妙に観音山が懐かしいのです。

清水寺のすぐ近くに美味い蕎麦屋があるそうなので、蕎麦喰いついでにお参り、いや参拝のついでに蕎麦を食べに行こうかと考えています。
Posted by キレイズキ  at 2010年07月11日 23:11
>キレイズキさん

昔は「お江戸見たけりゃ、高崎田町」でしたが、お江戸がこれほど近くなった今では、お江戸のような町に替えてしまったことが悔やまれます。

その中で、観音山というのは今でも高崎のシンボルですが、残念なのはその宝を活かしきれてないところです。
駅前整備の数分の一でも、観音山整備に回して欲しい所なのですが・・・。

清水寺近くのお蕎麦屋さん、いいですよー!
http://inkyo.gunmablog.net/e107183.html
お奨めです!
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月12日 07:15
迷道院さん、

このブログにも、件の蕎麦屋さんのことがUPされたいたのですね。
最近このブログを拝見し始めたので、読んでいませんでした。

近いうちに是非食べに行ってみたいと思います。

実はその「蕎麦っくい」さんも、JRのPR誌に書いてあったので(店名はなし)、ネットで探しているうちに偶々迷道院さんのブログに辿りついたのでした。

確かに、大昔は「お江戸見たけりゃ・・・」だった様ですが、最近の田町通りの寂しいこと。
平日の昼間など殆ど人も歩いていませんね。

時々田町から本町(「もとまち」と読める人はそういませんよねェ)を抜けて、赤坂の七冨久までブラブラと和菓子を買いに行くことがありますが、最近元気があるのは、去年の暮れに出来た「屋台村(高崎田町恋文横丁)」位のものでしょうかねェ。
Posted by キレイズキ  at 2010年07月12日 13:10
>キレイズキさん

「そばっ喰ひ」さんから、拙ブログにご訪問とは、これまた何かのご縁ですね(^^)

旧繁華街が、ちょっと寂しい状態になっていますね。

でも、何となくですが、町の人達の動きが以前と違って、味わいのある町づくりの方に向いているような気がしています。
あと一押し、何か弾みのつくものがあればいいんですが・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年07月12日 22:18
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幸福になれる石段
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