2010年06月16日

東北ぶらり旅 遠野編(6)

ちょっと間が空いてしまいましたが、東北ぶらり旅の最終回です。
今回は、遠野の町なかを見ていきましょう。

東北ぶらり旅 遠野編(6)町角にある薬屋さんですが、みごとな蔵造りです。

ただ、海鼠(なまこ)壁をよく見ると、模様が繋がっていません。
これは想像ですが、隣の家が撤去されて壁面が露わになってしまったので、あとから海鼠壁風にしたのではないかと思うのです。
でも、充分遠野らしい風景になっていて、違和感は全く感じません。

東北ぶらり旅 遠野編(6)空き店舗だったのでしょうか、その軒先にモニュメントが置かれています。

「天人児」(てんにんこう)という、遠野の羽衣伝説の民話を表現しているようです。

遠野駅前から市立博物館までの通りに、このような民話の主人公のモニュメントが10基ほど置かれていますが、全国のシャッター通り対策としても、一考の価値があるのではないでしょうか。

東北ぶらり旅 遠野編(6)ここも角地のちょっとした空き地ですが、民話のモニュメントが置かれています。

モニュメントの題は「We are waiting 桃太郎」となっています。
これから生まれてくる桃太郎を、猿、雉、犬が待っているということなのでしょう。

東北ぶらり旅 遠野編(6)町の角々に、町名とその由来を書いた標杭が建っています。

同じ城下町であったわが高崎にも、ぜひ欲しいなぁと思うものでした。
そうそう、標杭といえば、こんなのもありました。
東北ぶらり旅 遠野編(6)現在地が分かる地図が埋め込んであります。

これを見て、「あえりあ遠野」ポプラの説明板と結びつけた、ひとつのアイデアが湧きました。

わが高崎の町なかから消えてしまった昔の風景、その写真をタイルに焼き付けて標杭に埋め込み、それを町の角々に建てたらどんなもんかな、と思ったのです。
できたら、QRコードでも埋め込んで、観光客に昔の風景をお持ち帰りしてもらったり。

遠野町は、観光客を町なかに呼び戻すために、
「最大限の既存資源活用を図り、中心市街地に残る町屋、名所・旧跡、さらには神社・仏閣などの観光資源をルート化し、観光客が町なかを回遊する仕組みを構築する。」
という基本構想に基づいて、市街地整備を行ったそうです。

東北ぶらり旅 遠野編(6)その整備のひとつが、「蔵の道」です。

東北ぶらり旅 遠野編(6)






素敵な蔵造りのカフェ&レストラン→
「ズモナハウスTANTO TANTO」


蔵の道エリアには、こんな素敵なものもあります。
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素敵な風景の
「蔵の道ひろば」
勿体ないほどの
「公衆トイレ」
昔懐かしい
おもちゃ図書館
「蔵の道ギャラリー」

町全体が、テーマパークでした。
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現役の薬局店
隣は司法書士事務所
和風三階建ての
お座敷料亭
和風モダンな
建築設計事務所

こんなところにまで、景観に配慮しています。
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コンクリートビルも
土塀でお化粧
空き地だって
板塀でお化粧
べんがら塗り風な
護美収集箱

足元にだって、遠野があります。
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遠野の町がこれほど調和がとれているのは、やはり「遠野物語」というひとつのコンセプトにこだわっているからでしょう。

振り返って、わが高崎の町なかを見た時に、こだわりをひとつに絞るとしたら何でしょう。
商業でしょうか、音楽でしょうか、映画でしょうか、パスタでしょうか、観音様でしょうか、達磨でしょうか・・・。
どれかに絞れば、誰かが怒りだしそうな気がします。
かといって、絞らなければ調和のとれない散漫な街になります。

全てを包含し、なおかつひとつのコンセプトに絞る。
そして、国内外の観光客に魅力あるもの・・・。
うーん・・・。
「城下町高崎」...これかな?





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Posted by 迷道院高崎 at 07:22
Comments(12)◆出・たかさき
この記事へのコメント
田んぼの収穫も終わり、お蚕も晩秋蚕まで飼い一段落付き、収穫のお金をふところに空っ風が吹き始める頃、郡部の人々は「おゆべすこう」(恵比寿講)の高崎の街に冬の衣料や暮れ正月の準備品などを求めに下ります。アーケードや駅前など一通り回り、普段めったに食べないカツ丼などを市中の食堂で注文し、夕方田町あたりからバスにのり帰宅、その晩は黒ずんだ家の大黒様にお赤飯、けんちん汁、お酒など「しんぜて」家族で一年の健康と今年の収穫への感謝をします。
あの頃の高崎のイメージが復活出来たらいいなあと思うんですが、私もそんな歳になってしまったんですねー。迷道院様、なんかセンチメンタルの感じです。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年06月16日 18:57
高崎には町名の標杭はないんでしたっけ!
最近、温泉がらみで出掛けるあちこちの○○宿には、必ずといっていいほど町名や屋号を記したおしゃれな表示板があり、がんばっているなァーと思っておりましたが・・・。

遠野の街並み、いいですね。隅々まで何度も見てしまいます。「蔵の道」ですか・・・シビレますねー。遠野町のコンセプトと細部までのこだわり、アイデアが行き届いているところが、すごい!
行かれなくても、行ったような気分になれて楽しい、ブログ上の旅です。ありがとうございました^^。
Posted by 風子風子  at 2010年06月16日 20:03
足元のマンホールのストラップなどないのかな?あつたらほしいです
Posted by キューピーキューピー  at 2010年06月16日 20:42
>柏木沢の農家おじさん様

あー、ネイティブ上州人は「おゆべすこう」という発音なんですね!
うちのお袋は、「おいべすこう」でした(^^)
「しんぜる」というのも、懐かしい言い方ですね。
忘れていました。

「城下町高崎」の風情、復活したいんですよ。
遠野式でやれば、出来ないことないと思うんです。
これからも、呼びかけ続けていきたいと思っています。

そうそう、柏木沢さんの投稿文、発見しましたよ!
やっぱり東北ぶらり旅の最中で、5月13日の掲載でした。
この投稿を読んで、「同感、同感」と思った人も多かったんじゃないでしょうか。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月16日 21:04
>風子さん

そういえば、白井宿にも、吉岡町の旧上野田宿にも、素敵な屋号看板が設置されてましたね。

残念ながら今のままの高崎では、町名の標杭や屋号看板はかえって不自然に映るかもしれません。
城下町の風情を取り戻す中で、それらを設置していくということになるのでしょうね。

遠野の町の雰囲気が、少しでも伝わったら嬉しいです。
また、もう一度行きたいんですけどね(^^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月16日 21:21
>キューピーさん

マンホールのストラップですか。
さすが、キューピーさん!
目のつけどころが違いますね(^^)

河童のは、いろいろありましたけど・・・。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月16日 21:29
迷道院様、小生の駄文を読んで下さり有り難うございました。
私が幼少の頃、今は無き祖父に連れられ、バスに乗り、そうですねー、今思えばアーケードの真ん中あたりの建物の二階に「安い床屋さん」(名前は失念してしまいました。)がありまして、そこに良く連れられました。それはもう今思えば高崎は私の目には大都会でして、箕輪とは比べものになりません。帰りにお約束の藤五デパートの屋上、あとアーケードで映画など見て、夕方に「相馬ヶ原自衛隊行き」のバスで帰宅、もう祖父に「おい、明日の日曜は高崎に行ってくるべーや」と言われるともう楽しみで寝られませんでした。
過去の記憶は得てして美化されるものですが、今、高崎の街角に立つと街の感じがなぜかよそよそしく見え一抹の寂しさがあります。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年06月17日 05:46
>柏木沢の農家おじさん様

そうですかー、子どもの頃の柏木沢さんのワクワク感が伝わってきます。

高崎神社のすぐそばに住んでいた私でさえ、アーケードや八間道路の夜店へ行くのが、とても楽しかったですから。

賑わいの中心が駅周辺になってしまったことが、とても寂しい思いです。
あの頃の町なかの賑わいよ、もう一度!
と願っています。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月17日 07:35
東北ぶらり旅 お疲れ様でした。 
旅の楽しみは、自分の土地との比較ですかね。

紫文さん今日載ってましたね。 

アーケイドの床屋バリヤかな。 

息子の嫁は上野田で、”車や”とか。 
水車でもあつたのかな。 

”おいべすこう”の時、中央銀座にあつた藤五繁盛してましたね。(デパートの前) 

投稿文まだ読んでません図書館かな。 

マンホールといえば駅前に山車の絵がありましたね。 
色々でしたが、次回を楽しみにしてます。
Posted by 捨蚕捨蚕  at 2010年06月17日 09:16
>捨蚕さん

いろいろと、補足コメントありがとうございました!
旅をしても、ついつい高崎を思っちゃいます。

高崎のマンホールは、なぜ「高崎まつり」なのかなぁ?
「観音様」か「高崎だるま」が順当な所だと思うんですが、そういうものに絞ることの出来ない理由でもあったんでしょうか。
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月17日 18:52
そうですね、迷道院様、市内の仕事の時、マンホールのフタをまじまじと見ますが、高崎はお祭りのデザインの山車ですね。「高崎観音」や「ダルマ」もいいですねー。ちなみに吉井町は「多胡碑」で藤岡は「藤と埴輪」ですね。
しまった!地元、箕郷のはまだ確認してません。多分、箕輪城かなんかでしょう。
4x7
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年06月17日 19:42
>柏木沢の農家おじさん様

柳家紫文師匠もマンホールマニアで、公演に行った先々で写真に納めてるようです。

マンホールマニアは結構いらっしゃるようで、こんなサイト見つけました。
http://yukiskan.3.pro.tok2.com/manholl/manholl-gunma.html
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年06月17日 20:04
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