2010年05月21日

東北ぶらり旅 登米編(2)

前回の記事でご紹介したように、登米町には昔からの建物を、今も大事に使っているところが多く見られます。

東北ぶらり旅 登米編(2)ここは、どうやら現役の歯医者さんのようです。

看板は、新しく建てたものだと思いますが、色使いや文字の書体は、如何にも昔からあるもののように配慮されています。
古い建物と、新しく作ったものが、違和感無く調和しているのです。

また、その精神は、新しい建物を造る場合にも生きているようです。

東北ぶらり旅 登米編(2)武家屋敷の並びに店を構える「おだんご屋」さんは、雰囲気を壊さないような藁葺き屋根で、漆喰壁と木の腰板という造りです。
東北ぶらり旅 登米編(2)




さらに、「おだんご屋」さんの後ろの家も、昔の造りそのままに残しています。

東北ぶらり旅 登米編(2)
「警察資料館」近くの、電話ボックスです。 →

昔の「ポリスボックス」をイメージしたのだと思いますが、見事に風景に溶け込んでいます。

このように登米町では、
昔ながらの景観を損なわないように、
行政も住民も配慮している
ということが、よく分かります。
もうひとつ、登米の町を歩いていて気付くことがあります。
それは、例え店じまいした家も、壊さずに残してあるということです。
それが、町全体の雰囲気を醸し出していますし、残してさえあれば、いつかそれを活かせる時が来るでしょう。
東北ぶらり旅 登米編(2)東北ぶらり旅 登米編(2)東北ぶらり旅 登米編(2)

東北ぶらり旅 登米編(2)町全体が歴史を大切にしていることは、
←こんなところにも見られます。

建物も今風な小さな食料品店ですが、窓ガラスには「町中ミュージアム 店舗歴史資料館参加店」というビラが貼られています。

東北ぶらり旅 登米編(2)このお店の展示品は、倉庫から引っ張り出してきたという「昔の冷蔵庫」です。

上に乗っかっている秤は、「なんでも鑑定団」に出したという代物だそうです。
お店の女将さんは、「いくらの値が付いたかは、言わなーい。」
って言ってましたが・・・。

そうそう、とても気さくな女将さんで、「どうぞ寄ってって下さい、どうぞ、どうぞ!」と、盛んに声を掛けて頂きました。

「ありがとうございます。でも、これから遠野まで行く予定なので。」
と言うと、
「あー、そうなんですかー!遠野もいい所ですよ。お気を付けて行ってらっしゃい!」と、笑顔で送ってもらいました。
何も買わないと分かると「ぷいっ」とそっぽを向かれることが多いのに、
これだけ気持ちよく送って頂いたのは初めてです。

まるで、登米町全体が「テーマパーク」で、
町の一人ひとりがその従業員のような持て成しようでした。


柳家紫文師匠に登米町のお話をしたら、こんなメールを頂きました。

「登米市いきましたよ。
 いいですよね~(^_^)v
 郷土と、その歴史大切にしてますよね。
 野外に新しい能舞台をつくってるんですが、公民館機能ももっていて、
 そこで落語会やりました。
 竹に囲まれて蝉の鳴き声の中で三味線弾いてきました。
 その能舞台の会館が主催(つまりお金がでてます)ですが、
 動いているのは市民でしたよ。」


東北ぶらり旅 登米編(2)←これが、その「能舞台」
平成八年(1996)にオープンした
伝統芸能伝承館「森舞台」です。

近頃流行りの、コンクリートの文化ホールなんぞではなく、木造の能舞台であるところが、いかにも登米町らしいと思います。

そもそも登米町には、昔から伝わる「登米能」をはじめ、「岡谷地南部神楽」「とよま囃子」などの伝統芸能が、町民の手で長年受け継がれているのだそうです。
それを町の宝と捉えて、大事に育てようとする文化度の高さに、心から敬意を表します。

今回は登米町を甘く見て、たっぷり時間を予定しておかなかったのが、本当に悔やまれました。
ぜひもう一度来たい!ゆっくり町を歩きたい!
そんな思いを強く抱かせる、素敵な町でした。

東北ぶらり旅 登米編(2)
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この記事へのコメント
角館は年間200万人が訪れるそうですが、あまりにも観光化されすぎていて案外ガッカリしたことを思い出しました。
登米町は人口10万に満たない町だそうですが、一体どうしたら、こんなに綺麗に時代のままに遺せるのでしょうか!でも、訪れる人は角館の10分の1だそうです。
おだんご屋さん、素敵ですね。武家屋敷の佇まいも雰囲気がいいですね~、垂涎モノです。ゆっくり滞在してみたいです^^。
Posted by 風子風子  at 2010年05月21日 10:29
>風子さん

高崎市が群馬県の観光客数から推計したところ、平成20年度の高崎市観光入込客数は、年間624万人だそうです。
実感とはだいぶ違うのですが・・・。

私も今回の旅で、松島や平泉も訪れたのですが、あまり魅力を感じませんでした。
人混みが苦手という、個人的な好みのせいなんでしょうか(^_^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年05月21日 19:52
迷道様、今晩は。
登米町、大正、明治時代にタイムスリップしたみたいな所ですね。木造校舎なんかも私の世代が最終だと思います。小学校5年生まで木造校舎の箕輪小学校で学びました。
「雪印バター」の木製冷蔵庫、実際に使った事ないですが、確かTVで見たんですが、上のドアを開けて氷の固まりをいれるんですよね。
その氷を氷屋さんがリヤカーで売り歩いていたと言うのを何かの本で読んだ事があります。
遠野地方は民話などで興味がありますので楽しみにしております。
Posted by 柏木沢の農家おじさん  at 2010年05月22日 21:35
>柏木沢の農家おじさん様

あ、やっぱり木造校舎でしたか。
今思うと、懐かしいでしょ?

木製冷蔵庫ですが、私が中学生の頃、初めて我が家にやってきました。
よその家に、どんどん電気冷蔵庫が普及して、要らなくなった木製冷蔵庫を母親が貰って来たんです。
それ以前はどうしていたかというと、1斗缶に氷を入れて掘りごたつの灰の中に埋めてました。
今思えば、笑っちゃう時代でした(^^)
Posted by 迷道院高崎迷道院高崎  at 2010年05月23日 07:09
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