2020年04月26日

史跡看板散歩-185 笛吹塚

場所の説明がちょっと難しいんですが、「豊岡中学校」の西150mくらいの所です。


牛若丸伝説としてしか知りませんでしたが、源頼義説もあったんですね。

看板の冒頭に「花見堂」という名称が出てきますが、この名称は源頼義の子・義家伝説から来ているのだとか。
   ◇続・鎌倉街道探訪記(17)

また、「塚のあった場所はここから西に約50mの所でした」とありますが、その場所はこの記事に書いてあります。
   ◇続・鎌倉街道探訪記(16)

史跡看板が建ったことで、懐かしい場所を再訪することができました。


【笛吹塚】


  


Posted by 迷道院高崎at 07:25
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2020年04月19日

史跡看板散歩-184 金ヶ崎不動尊

「湯沢のお地蔵様」から西へ200mほど行った所に、「金ヶ崎(かねがさき)不動尊」があります。



飾り気のない木造堂宇には、


不釣り合いなくらい立派なお不動様が祀られています。

いま気づいたんですが、お不動様の足元に小さなお不動様が二体座ってらしたんですね。

史跡看板に、「明治四十三年の大水害で流されて、現在地に建てられた」と書いてありますが、その辺の経緯を8年前に記事にしてますので、読んでみてください。
  ◇2つの金ヶ崎不動尊

そう言えば、史跡看板に「清流が中山道沿いに流れていた」と書いてあるので思い出したんですが、たぶんその清流を利用したんでしょう、この辺に「草木染研究所」というのがありました。
全国的にも珍しい、観音山の「染料植物園」の原点でした。

土地に歴史ありですなぁ。


【金ヶ崎不動尊】


  


Posted by 迷道院高崎at 07:31
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2020年04月12日

史跡看板散歩-183 湯沢のお地蔵様

「石神社」から西へ200mほど行くと、国道406号と旧中山道の分去れに「下豊岡の道しるべ」が建っています。


ここから左の旧中山道へ入って、「若宮八幡宮」「上豊岡の茶屋本陣」を楽しみながら1.2kmくらい歩くと、道路右側に石造物が並んでいます。

一番左のが「湯沢のお地蔵様」です。


おや?

トックリバチも、お地蔵様の裾におすがりしています。

そうだ、私もおすがりしておこう。
「人類の欲望とともに世界中に蔓延した疫病が、一日も早く鎮まりますように。」


【湯沢のお地蔵様】


  


Posted by 迷道院高崎at 07:36
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2020年04月05日

史跡看板散歩-182 下豊岡の石神社

君が代橋西の信号から国道406号線に入って160m、うっかりすると見過ごしてしまいそうなのが、旧豊岡村字尺地(しゃくじ)の「石神社」(しゃくじ・じんじゃ)です。



「石神社」ですから、どんな石が祀られているのかと中を覗いてみると・・・。



石は見当たらなくて、神像が一体祀られています。
御祭神は「八衢比古神」「八衢比賣神」となっています。
木簡には「やくさひこ」「やくさひめ」と仮名が振ってありますが、「やちまたひこ」「やちまたひめ」ではないでしょうか。
疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が集落に入るのを防ぐとされる神様です。

神像左側の木簡を見ると、
1910年(明治四十三年)三月二十六日勅令第二二〇号に基き豊岡若宮八幡宮に合併」
1960年(昭和三十五年)七月三十日地元信徒の要望により尺地境内に遷宮」
1973年(昭和四十八年)九月二十九日地元崇敬者の寄付により上屋葺替補修完了」
とあります。

史跡看板の中ほどに、「万日堂」というのが出てきますが、8年前、「鎌倉街道」を訪ね歩いている時、ここへ寄っています。
  ◇続・鎌倉街道探訪記(8)

そしてそのあと、「石神社」へも行きました。
看板の後段に「昔は社殿にシャモジを寄進」したとありますが、その理由も過去記事に書いてありますので、探して見て下さい。
  ◇続・鎌倉街道探訪記(9)


【石神社】


  


Posted by 迷道院高崎at 07:37
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2020年04月02日

隠居の控帳 ドイツと日本のコロナ対応

自分の言葉で語りかけるドイツの首相。
(演説のテキスト文は、こちらからどうぞ。)

左右・正面のプロンプターの文字を読み上げる日本の首相。

ドイツのコロナ致死率が低く抑えられている理由。

我々一人一人ができること。
もう一度、メルケル首相の呼びかけを噛みしめてみよう。
さて、今日私にとって最も緊急性の高いものについて申し上げます。私たちがウイルスの速すぎる拡散を阻止する効果的な手段を投入しなければ、あらゆる国の施策が無駄になってしまうでしょう。
その手段とは私たち自身です。私たちの誰もが同じようにウイルスにかかる可能性があるように、今誰もが皆協力する必要があります。

まず第一の協力は、今日何が重要なのかについて真剣に考えることです。
パニックに陥らず、しかし、自分にはあまり関係がないなどと一瞬たりとも考えないことです。
不要な人など誰もいません。私たち全員の力が必要なのです。

私たちがどれだけ脆弱であるか、どれだけ他の人の思いやりのある行動に依存しているか、それをエピデミックは私たちに教えます。
また、それはつまり、どれだけ私たちが力を合わせて行動することで自分たち自身を守り、お互いに力づけることができるかということでもあります。

一人一人の行動が大切なのです。私たちは、ウイルスの拡散をただ受け入れるしかない運命であるわけではありません。
私たちには対抗策があります。つまり、思いやりでお互いに距離を取ることです。
ウィルス学者の助言は明確です。
握手はもうしない、頻繁によく手を洗う、最低でも1.5メートル人との距離を取る、特にお年寄りは感染の危険性が高いのでほとんど接触しないのがベスト、ということです。

こうした要求がどれだけ難しいことか私は承知しています。緊急事態の時こそお互いに近くにいたいと思うものです。
私たちは好意を身体的な近さやスキンシップとして理解しています。
けれども、残念ながら現在はその逆が正しいのです。
これはみんなが本当に理解しなければなりません。
今は、距離だけが思いやりの表現なのです。」



  


Posted by 迷道院高崎at 07:38
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