2009年01月09日

自ら知る者は人を怨まず

高崎の生活情報誌「JOMO TAKATAI」に載っていた「今日の言葉」である。

中国の儒者、荀子(じゅんし)の言葉だそうだ。
コラムニストの秋庭道博氏の連載コーナーであるが、いつも勉強になっている。
少し、転載させて頂こう。

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この世では、誰もが、みんなからよく知られている訳ではない。
だから、自分の名字の読み方を間違える人がいるのも当然なのだ。
それなのに、「間違えた読み方をするなんて失礼なやつだ」などと不機嫌になる人がいる。
「どんなお仕事ですか」というような問いにも、「そんなことも知らないのか」と、軽蔑したような態度を示すエライ人もいる。
(中略)
「自らを知る」とは、「この世は自分を中心に回っていない」と認識することでもある。


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奇しくも、その日の「読者の声」欄には、その言葉を実践するような、こんな投稿が載っていた。
全文をご紹介しよう。

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「思いやりを大切に」

私は今40歳。多忙な日々を過ごしている。
今までの私は、本当に心狭い、角ばった性格の持ち主であったように思う。
ちょっとしたことで苦情を言う「クレーマー」だったり、人の行為を素直に受けられなかったり。今の生活に感謝の気持ちを忘れてたり。
私は最近、そんな自分を反省することがある。
ちょっとしたことも人のせいにしたり、忙しいせいにしたり、自分の責任と思ったことがなかった。

夕食の買い物に出かけても周りを見ずに、さっさと買い物を済ませる時間との闘いだった。

でも、ついこの間、仕事の帰りにスーパーへ寄ったときのこと。
私は偶然に周りを見た。忙しそうにしている主婦たちがたくさんいて、お母さんにお菓子をねだる子供たちも見えた。

その時、車いすの男性が牛乳を取ろうとしていた。
一生懸命手を伸ばし、牛乳を取ろうとしているが、牛乳の一部にしか手が届かない。周りの牛乳が倒れている。
私にはそんな姿が見えた。じっとしていられなかった。
男性のそばに行き「この牛乳でいいですか」と言って1本取って渡した。

倒れた牛乳を直していると「ありがとう」「親切にしてくれてありがとう」と言ってくれた。
私はすごく嬉しかった。今までは1分も無駄にできない時間との闘いだったが、その日の私は「ありがとう」の言葉と笑顔に、何時間も得した気がした。

これからは広い心で周りを見れば、今よりも楽しいはず。
人に優しい気持ちを大切にし、日々感謝の気持ちで生きていきたい。
少しづつ角が削れて、まん丸な人間になれるのをいつか心待ちにしたい。

(沖町 匿名希望さん)

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投稿者は、ご自身で言うような「心狭い」人では、決してないと思う。
ちょっとした日常の出来事を、これだけ大きく、広くとらえる心の持ち主なのだから。
そして、投稿して頂いたことで、さらに多くの人の気持ちを変えてくれるかも知れないのだから。

そんな匿名希望さんに、感謝!
そして、匿名希望さんに投稿するきっかけを与えてくれた、
車いすの男性に、感謝!

さらに、「ありがとう」という素晴らしい日本語に、感謝!
  


Posted by 迷道院高崎at 12:22
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2009年01月02日

謹賀新年

「恐妻シリーズ」も、今年で18年目になりました。



この年は
一度立ち止まって
来た道を振り返り
行く道をじっくりと考えて
またゆっくりと
歩き始めてみたい年

  


Posted by 迷道院高崎at 12:44
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2008年12月30日

「嘆」

2008年も残りあと2日。
今年の「世相漢字」は変化の「変」だと発表されたが、私は嘆きの「嘆」だと思う。

政治しかり、公的機関しかり、経営者しかり、・・・実に嘆かわしいことの多い年であった。
来年こそが、良い意味での「変」の年であってほしい。

来年は遅かれ早かれ衆議院選挙となる。
今度こそ、間違いなく民意を一票に込めたいところだが、2大政党と言われながら、どちらも民の方に顔が向いてなさそうで、心もとない。
TVでこの一年の政治を振り返っているのを見ながら、ふと思った。
そもそも、選挙で個人名や政党名しか選べないのが問題なのではないかと。

郵政選挙では自民党圧勝、次の参院選では民主党圧勝。その結果、真面目にきちんと議論をすればいいものを、政党のメンツ優先で国民は置いてけぼりだ。
結局、選挙で政党を選んでも、それは「白紙委任状」を渡してしまったのと同じこと。
次の選挙までは、やりたい放題やられてしまう。

そこで隠居は考えた。
「アンケート選挙」というのはどうだろう。

国のやるべき仕事を「国防」「外交」「社会保障」・・・などの項目に分け、各政党はその項目ごとに5W2H(なぜ、誰が、なにを、いつまでに、どこで、どのように、いくらで)をはっきりさせた政策を発表する。(これが本来の「マニフェスト」のはずだ。)
投票はマークシート方式で、どの項目は〇〇党、どの項目は△△党・・・と、項目ごとに政党を選ぶのである。
そして、最も多くの項目を獲得した政党が与党となる訳だ。
そうすれば、例え他党の提案した政策であっても、国民が望んでいればそれをせざるを得なくなるだろう。

しょせん、隠居の思い付きだ。そんな簡単なものでないのは百も承知。
だが、「白紙委任状」よりはましだと思うが、いかがなものであろう。
今の日本、これくらいの「変」をしないと、「変な国」のまま終わってしまいそうな気がする。

来年こそ、良い年でありますように。  


Posted by 迷道院高崎at 22:53
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2008年12月20日

金のなる木に花が咲く



高渋線の「ミスター・タイヤマン」店内にある「金のなる木」に花が咲いていた。
「金のなる木」の花を見たのは初めてなので、この不景気のさなか、何かご利益がありそうで、パチリとやってきた。

「金」といえば、もうだいぶ前だが、ラジオ「小沢昭一的こころ」で、「金々節(かねかねぶし)」という歌を流していた。
♪カネだ、カネ、カネ、この世はカネだー♪という歌詞がすごくインパクトがあった。

調べてみると、明治の演歌師・添田唖蝉坊(そえだ・あぜんぼう)という人の作った、「ああ金の世や」というのが元歌らしい。
その頃の「拝金主義」の世相を痛烈に皮肉っているのだが、現在でも充分通用する内容である。
長い歌詞の一部を抜粋してみよう。

ああ金の世や金の世や。地獄の沙汰も金次第。
   笑うも金よ、泣くも金。一も二も金、三も金。
親子の中を割くも金。夫婦の縁を切るも金。
   強欲非道と譏(そし)ろうが、我利我利亡者(がりがりもうじゃ)と譏ろうが、
痛くも痒くもあるものか、金になりさえすればよい。
   人の難儀や迷惑に、遠慮していちゃ身がたたぬ。

ああ金の世や金の世や。希望(ねがい)は聖(きよ)き労働の
   我に手足はありながら、見えぬくさりに繋がれて、
朝から晩まで絶間なく、こき使われて疲れ果て
   人生(ひと)の味よむ暇もない。これが自由の動物か。

ああ金の世や金の世や。牢獄(ろうや)の中のとがにんは、
   食うにも着るにも眠るにも、世話も苦労もない身体。
牛や豚さえ小屋がある。月に百両の手当をば、
   受ける犬さえあるものを。「サガッチャコワイ」よ神の子が、
掃溜(はきだめ)などをかきまわし、橋の袂(たもと)や軒の下、
   石を枕に菰(こも)の夜具、餓えて凍えて行路病者(ゆきだおれ)。

ああ金の世や金の世や。憐れな民を救うべき、
   尊き教えの田にさえも、我儘勝手の水を引く。
これも何ゆえお金ゆえ、ああ浅ましき金の世や。
   長兵衛宗五郎どこにいる。大塩マルクスどこにいる。


歌詞全文を知りたい方はこちらをどうぞ。

「金のなる木」は、ポロっと落ちた葉を土に刺しておくと根がついて、また立派な「金のなる木」に成長するらしい。
まるで金が金を生む資本主義の象徴のような木にも思えるし、
困難にめげず逞しく生きる庶民の象徴のような木とも思える。

今、大量の木の葉が、冷たいコンクリートの上に放り出されようとしている。
願わくは、木の葉一枚一枚を大切に、土に刺して育てて欲しい。
いつか花咲く、「金のなる木」なのだから。  


Posted by 迷道院高崎at 12:01
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